戦略思考の鍛え方と戦略パラダイムの歴史

2013.05 代表 松田久一

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本コンテンツは、2012年8月に発刊された「成功と失敗の事例に学ぶ 戦略ケースの教科書(松田久一編著)」第一章のオリジナル版です。

01

戦略の優劣がビジネスの成果を決める

 戦略とは、「個人や組織が、目的を設定し、その達成手段とビジネスモデルを明らかにし、到達への筋道を明示すること」である。多くの企業は複数の事業を持っている。従って、戦略には、複数の事業によって全体の目的を達成する企業戦略レベルと単体の事業の目的を実現しようとする事業戦略のレベルがある。ここでは、後者の事業戦略に焦点をあてて、いかに優れた巧い戦略を構想し、立案できるかに焦点を絞る。

 21世紀に入って10年以上が過ぎ、ますます明確になってきていることがある。それは、売上成長率や利益率などの経営目標は、経営層やマネジャーの戦略アイデアや追求しているビジネスモデルによって大きな差が生まれている。

 ネット系の企業には、ほとんど経営資産を持たないのにも関わらず経常利益率が50%を越えるものもある。他方で、世界有数の経営資産を持ちながら巨大な赤字に苦しんでいる企業もある。名門コダックや世界市場を制した日本唯一の半導体メモリメーカーだったエルピーダメモリは経営破綻し、買収などによって再建を余儀なくされている。

 この差を生んでいるのは三つである。

 ひとつ目は、その事業の産業や市場などの環境の差である。市場が伸び、成長している産業に属していれば収益は他の成熟産業にいるよりもいい。激しい価格競争を繰り広げている業界よりも、品質競争をしている業界の方が利益率は高い。

 ふたつ目は、戦略やビジネスモデルの優劣である。同じ産業のなかでは、ライバルよりも優れた戦略やビジネスモデルを追求している企業の方が収益性は高い。業界内のライバル企業と同じような戦略を採っていては、業績は上がらない。

 1930年代のロシアの生態研究によれば、栄養素などが十分にある環境で、ゾウリムシなどの原生動物を棲息させると、異なる種の場合は共存するが、同じ種だと共存しないことを発見した。これは、ゲオルギー・ガウゼの「競争排除則」と呼ばれている。アメリカのコンサルティング業界の創始者のひとりであるB.D.ヘンダーソンは、この競争排除則を紹介しながら「戦略の原点」を説いている。つまり、独自の戦略が、生き残りを可能にするということである。

 三つ目は、「サイコロの目」である。つまり、ビジネスの成功は、統計的な「誤差」であり、人知を越えた「偶然性」であり、「運」である。現実にはこの要素を認めざるを得ない。

 つまり、事業マネジャーや戦略スタッフが、自らの努力でできることは、事業目的を達成するために、市場や環境の特徴を知り尽くし、自社の経営資源の上で、もっとも優れた戦略アイデアを構想し、組織を運用し、執念をもって目的を追求し続けることである。後は、「運を天に委ねる」しかない。実際、最善の戦略を採っていると思えても、運のない経営者はいる。戦略家は、ナポレオンを崇敬の念をこめて「軍事的天才」と呼ぶ。それは、ナポレオンが、偶然をうまく利用し、操り、勝運を呼び込むような常人ではなかったからである。実際、現実には故スティーブ・ジョブスのような「天才」としか呼べないような優れた経営者がいる。

02

戦略思考をどう習得するか

 どうしたら優れた戦略を創造することができるようになるのか。それには、戦略策定のテクニックや理論を習得し、効率的に事例を学び、それを応用する能力を身につけることである。現場で役に立つ知識とは、理論や事例に親しみ、最新の知識を得ることだけではなく、実際に応用する能力を身につけることである。特に、グローバル企業では応用力だけである。

 戦略の応用力を身につけ、戦略思考を習得するには、事業環境、戦略やビジネスモデルを実感的に想像できるようになることである。経験的にはこれがなかなか身につかない。

 毎年、多くの戦略のビジネス書が出版され、週刊や月刊のビジネス誌が刊行される。世界のコンサルティング業界をリードするアメリカからも新しい多くの理論が輸入され、翻訳、出版される。

 思いつくだけでも、SWOT分析、累積経験曲線、ポートフォリオ分析、グリッド分析、企業文化、競争優位、コア・コンピタンス、リソース・ベースド・ビュー(RBV)、ブルーオーシャン、ロングテール、フリーミアムなど枚挙に暇がない。これらは「ファッショントレンド」としか言いようがない。しかし、そこには、物理学とは異なり、多様なコンセプトに論理的な整合性や一貫性のある発展などは見られない。応用力がなければ、これらのコンセプトに振り回されるだけである。他方で、これらを「バズ(流行語)」と切り捨てることもできる。しかし、応用力があれば、これらを学ぶことは、新しい戦略やビジネスモデルのアイデア源や刺激になる。ファッションは着られるより着こなすようになって面白い。

 応用力を養うために、戦略やビジネスモデルのイメージを自分なりに創るには、自分の体験に置き換えて理解するとわかりやすい。「愚者は自分の体験から学ぶ。賢者は他者の経験から学ぶ」(オットー・フォン・ビスマルク)のとおり、他者の体験を自分の体験とするのである。

 柔道や空手などの武道や格闘技が好きなら2人の戦いを思い浮かべ、組織的なゲームならサッカーやラグビーなどの競技でイメージしてみるといい。少し専門的になるが、国内外の戦史や歴史に学ぶのもよい。「坂の上の雲」(司馬遼太郎)や「ローマ人の物語」(塩野七生)などは日本の経営者が好んであげる小説である。最近は陰湿なイジメ体験しかない子ども達が多いが、子どもの頃の肉体的な喧嘩体験を思い出すのも有効かもしれない。

 なぜ、こうしたビジネスとは異分野のスポーツや戦史に学ぶことが、ビジネス戦略のイメージを掴む上で有効になるのか。それは単に自分の体験に置き換え易いだけではない。ビジネス、格闘技や球技などのスポーツで勝つには戦略が必要である。そして、ビジネス、格闘技や球技などのスポーツも本来は戦争の派生物として進化してきているからである。従って、戦略の進化の源泉は戦争にある。戦略という用語の起源も戦略発想の原点も戦争にある。分野が異なっても、戦略には共通の遺伝子がある。共通の遺伝子とは、人間集団と人間集団の争いにおいて、普遍的な共通の原則やルールである。近代戦略思想の原点とも言うべきカール・フォン・クラウゼヴィッツの「戦争論」でも個人と個人の「決闘」から理論を展開している。

 戦略発想の習得のポイントは、自分の実際の体験に翻訳して、戦略をイメージすると、戦略概念が理解しやすく、現場で応用し易くなる。この体験に即して、自分なりに戦略の理論や事例を学んでいくと、頭ではなく腑に落ちる応用力が身につく。逆に言うと、自分で応用できるものが身についた戦略思考である。

書籍イメージ

2012.08 かんき出版 発行
定価 2,400円+税

成功と失敗の事例に学ぶ 戦略ケースの教科書

業種も規模も多岐にわたる52社を徹底分析。

どうしたら優れた戦略を立てることができるのだろうか?そのために、何を学び、どんな本を読めばよいのだろうか?
SWOT分析、TOWS発想、ポジション(競争地位)による競争戦略、RBV(リソース・ベースド・ビュー)、機動戦略(ロングテールやフリーミアムなど)、市場プラットフォーム戦略。5つの戦略パラダイムを52社の企業事例から学べる、はじめて戦略について学ぶ人のために書いた入門書である。