マーケティング沈滞のなかで活気づくダイレクト・マーケティング

1983.09 代表 松田久一

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経営戦略論とダイレクト・マーケティングの狭間

 アメリカに行ったら本場のマーケティングの水準と現在の関心領域を知りたかった。これを知るのに、私がとった調査方法は実務家に話を聞くことと本屋のビジネスコーナーに行くことだった。調査結果は単純なものだった。マーケティングは経営戦略論とダイレクト・マーケティングの狭間で低迷している。これが私の結論だ。マーケティングの実務家たちはトップの意向を受けてマーケティングの生産性向上、効率アップに努力している。セールスマンの成約率と顧客接触数を最大化するための最小の費用の追求、マグロウヒル社のマーケティング担当部長は流暢に話す。彼の言いたいのは、メディアのミックスによってコミュニケーションの効率を上げること、その決め手はダイレクト・マーケティングであるということである。

 本屋のビジネスコーナーに行けば、マネジメントとダイレクト・マーケティングの本がずらりと並ぶ。ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、ロスアンゼルス、東から西まで本のマーケットは単一かと思えるほど、この傾向は顕著に見られる。日本の本屋のビジネスコーナーを席巻しているフィリップ=コトラーの「マーケティングマネジメント」にはとうとう最後まで出会わなかった。日本なら、コトラーと言えば、広い業界だが誰でも知っているという感がある。認知率なら1位になるに違いない。それがコトラーなどの騒ぎではなくマーケティングの本がシェルフを上から下へ、左から右へ、45度の傾斜角で見渡してもない。その代替品と言ってはよくないが、校章入りのハーバード流の経営戦略、マネジメントの本が並ぶ。ハーバード流のマネジメントが隆盛をきわめている。コンティジェンシー理論と実証に基づくパターン分析コーポレートカルチャーの分析、どの本もアメリカ・ビジネス界をリードするという自信に満ち溢れている。

 翻って、マーケティングはダイレクト・マーケティングとハーバード流マネジメントの隆盛の中で沈滞している気がする。本がない。この要因は色々考えることができる。しかし、日常我われの課題と照らし合わせて見るとよく判る気がする。「新製品が出たが、売れない。リサーチをしてみると、セールスの現行の販売体質に合わないことがわかった」「生産財メーカーが消費財に参入する。ところが新製品を永続的に開発していくための風土がない」こうした話をよく耳にする。ところが、マーケティングは、これに解決策を与えてくれない。製品政策、流通政策、広告販促政策、人的販売政策、マーケティングの全機能の統合と言ってみたところで、解決策に遠い。今のところ、事業成功のキーファクターと思われるコーポレートカルチャーや企業風土といった問題に手が届くのはアメリカではハーバード流マネジメントしかない。

 こんなところにアメリカ・マーケティングの苦しみがあるように思われる。

 マーケティングは苦しんでいる一方で、ダイレクト・マーケティングは驚くべき発展と進歩をしめしている。それは経営戦略論では到達できない実践性と新しい売り方のノウハウという点で我われに過激な提案をしてくれる。今後、アメリカ・マーケティングは経営戦略論とダイレクト・マーケティングの狭間で苦しみ、両方から影響を受けて変容するに違いない。こんな感想を持って帰国した。ここでは一方の雄、ダイレクト・マーケティングについての感想を述べてみたい。

[初出 1983.09 「宣伝会議」 (株)宣伝会議]