多元価値経営を求めて

1996.01 代表 松田久一

編集にあたって

 不況期に低価格戦略を採ることほど愚かな事はありません。

 メーカーの低価格戦略が需要をさらに減少させ、さらなる不況を呼び、企業はさらなる低価格戦略のためにコスト削減・賃金引き下げに及ばざるを得ないからです。マクロからみれば、不況下の低価格戦略ほど自己利益を優先し、自己の首を絞めざるを得ない大愚の行為はありません。

 みなさんに「価値創造」を提案したい。ここ2~3年、考えつづけてきました。

 私どもの問題意識は、常に、「価値」にありました。まったく不毛で、表層的な議論に終始しているマーケティング的な価値論に見切りをつけ、いざ、手をつけてみると、日暮れて道遠し、という大学時代の経済学の恩師の先生の言葉を何度も思い浮かべるばかりです。

 我々は、実業に役に立つ価値論を再構築するうえで、哲学と経済学を基礎に理論的な再構成を試みました。序論的なものはまとめてみましたが、まだ、作業は続けています。もうひとつは歴史研究です。歴史的事実のうえで、価値論を再検討してみようとしました。もうひとつは、表層的な現在の変化(消費トレンド)です。理論と歴史的事実、消費トレンドという三つの切り軸で取り組んできました。

 その中間結果がこの編集です。お役に立つにはほど遠いものですが、ご批判頂ければと存じます。

 痛切に感じるのは、方法的個人主義を前提にした生活研究では、到底、価値などとらえきれないということです。

 2025年の国別人口予測があります。1位はインド、2位は中国、3位はナイジェリアです。21世紀は明らかに「アジア」の時代です。アジアの高い文化性と黄金を求めたコロンブスが、アメリカ大陸を発見して以来、世界の欧米支配が続いてきました。18世紀の産業革命は、アジア的な文化生活への願望にその淵源があります。近代欧米型の資本主義社会は、ヨーロッパのアジア願望によって生まれたと言っても過言ではありません。ヨーロッパは入浴の習慣を中国から学びました。茶を飲む習慣もアジアから学びました。綿を着ることも、インドのキャラコブームから起こりました。そして綿の需要が、18世紀の産業革命を生むことになりました。綿によって洗濯が生まれます。近代的生活スタイルの淵源はそのほとんどすべてがアジア的な価値にあったのです。世界的な文化の多様性が資本主義生成の根源にあるのです。こうした研究は、角山栄先生(元和歌山大学)、川勝平太先生(早稲田大学)、斎藤修先生(一橋大学)などの地道な研究とF・ブローデル等の第二次アナール学派の成果によって、明らかにされています。我々の生活とは歴史的経験の累積以外の何ものでもありません。こうした歴史的事実を無視して、この大変革期に新しい価値など提案しようもありません。大家族から核家族というのも嘘、東京で持ち家をもつことは戦後に生まれた習慣です。夏目漱石も森鴎外も借家でした。温かいものを食べる習慣も明治に生まれたものです。

 もう一度、メーカーの価値を再発見し、そのうえで、新しい価値を百年のスパンで再構築してもらいたい。価値とはそれぐらいの取り組みが必要な仕事です。

 尊敬する角山先生から励ましのお言葉を頂きました。川勝先生とは偶然にも仕事をご一緒させて頂き、お教えを乞いました。

 日暮れて道遠し、そんな成果ですが、どうかご支援、ご指導、ご批判下さい。

[初出 1996.01 「生活研究所報 増刊号」 JMR生活総合研究所]