インバウンドで沸く商業施設、じわじわ上がる輸入原価、海外旅行を諦め始めた日本の消費者。マーケティングの現場で起きている変化の多くは、為替という一本の糸でつながっている。「円安は輸出に有利、だから歓迎」という"円安上等論"は、本当に正しいのか。
為替の歴史と構造をたどると、円安は単なる損得勘定の話ではなく、日本の購買力、ブランド価値、そして経済安全保障に関わる問題として立ち上がってくる。マーケターが市場を読むための、その見取り図を描いてみたい。
「円安上等論」は本当か
正直に言えば、円安への有効な打ち手はほとんどない。為替水準はいずれどこかに収斂するかもしれない、としか言いようがなく、最終的に効くのは投資家のパラダイム(ものの見方)が変わることだけだ。それは一夜で変わるかもしれないし、相当長く続く観念かもしれない。
いま市場では円安デメリットが軽視され、なかには「円安上等論」を唱える論者もいる。曰く、円安は理論上「純輸出」を押し上げGDP成長に寄与するのだから、情緒的な円安批判は意味がなく、むしろ歓迎だ――と。だが為替は国力の反映でもある。安易に煽る話ではないし、安易に歓迎する話でもない。
そもそも為替とは何か
為替とは、円とドルという管理通貨の交換比率のことだ。戦前から戦後70年代まで、通貨は価値の貯蔵に最適な金とリンクし、その金を介して交換比率が決まっていた。戦後の復興と貿易拡大で金の現物移動は非効率になり、各国通貨は金とのリンクを切る。それでも、世界経済の7割以上を占めた米国のドルだけは金と結びつき、1971年まで各国通貨はドル経由で金とつながっていた。
その後、欧州と日本の復興でアメリカが国際収支赤字に転落し、ドルと金のリンクは断たれる。世界はすべて管理通貨制度へ移行した。それでもドルは、軍事力と決済通貨としての強制力を背景に基軸通貨として君臨し続ける。発行益を含むその恩恵は計り知れない。私たちはこのドル「本位制」の枠組みの中で、モノもサービスも自由に売買している。
円安の正体①
ドル本位制のもとで、輸出企業は海外でドルを稼ぎ、国内で再生産するために円を買い戻す。輸入は逆に円を売ってドルにする。この差額が貿易黒字=「純輸出」であり、GDP成長に寄与する。80年代、日本のエレクトロニクスが世界を席巻した時代は、輸出企業の円買い需要が圧倒的だった。
だが純輸出はせいぜいGDPの1割程度。「貿易立国」と呼ばれはしても、日本の本質は人口1億超の巨大な内需国だった。2000年代に入ると貿易が一変する。自動車・半導体・電機の輸出は、政治的圧力と現地生産化で減少していく。輸出が減り、逆に中国からの輸入が増えれば、円買いは細り円売りが勝る。貿易黒字は縮小・赤字化し、為替は円安を孕む。
円安の正体②
いま為替を動かすのは、モノの貿易よりも資本の動きだ。日本企業が海外子会社や投資先で稼いだ収益も、円に戻さず海外で再投資される。国内は実質ゼロ金利のリスク資産しかないのに対し、海外では5%超の利回りが出て、長期の円安予想ゆえ為替差益も乗る。円換算で10%超になるなら、わざわざ円に戻して損をする理由がない。だから円買いにつながらない。
さらに、財務省が進める「貯蓄から投資」で、個人の預貯金がNISAやiDeCoを通じてリスク資産化すれば、運用を代行する金融機関は国内外・安全資産とリスク資産に分散する。当然、その相当部分が円売り・ドル買いに回る。約2,000兆円の個人金融資産は、いわば長期のドル買い予備軍だ。
クルーグマンも、為替を金利差と運用差で見る。
政策も足を引っ張る。執筆時点では、積極財政で成長を促したい政府と、インフレを抑えるため利上げしたい日銀の調整がうまくいっていない。市場との対話を重んじる植田総裁の発言はハト派と受け取られ、金利差拡大の予想からかえって円安に振れてしまう。対話が、相場の「材料」になっているのだ。
という観念
円売り・ドル買い
進む
円安は「得」か「損」か
では円安は経済にどれほど効くのか。2000年以降を時系列で分析すると、為替は物価と純輸出に先行して動いている。ただし影響は小さく、100円の円安でGDP成長率は0.002%、CPIは0.001%程度。ここでも、日本が内需主導の経済であることが確認できる。
一方、適正水準の目安(購買力平価など)は1ドル≈120円。実勢の約160円(執筆時点)と比べれば、約3割も割安だ。いわゆる先進国の品が「3割引き」なのだから、世界が日本を旅行先に選ぶのは合理的でしかない。
メリットは、輸出増・インバウンド増・資本流入。デメリットは、輸入物価の上昇・資本流出に加え、日本の企業・土地・技術がディスカウントで買われること、そしてインバウンド公害だ。経済厚生だけで見れば、GDP600兆円規模の前では大事件ではない。本当の論点は、別のところにある。
マーケターの土俵で起きていること
第一に、日本の消費者の購買力だ。かつて銀行・保険系のプランナーは「月2〜3回の外食、年1回の海外旅行」を前提に、豊かな老後設計を描けた。いま同じ提案を出せる者はいないだろう。海外渡航者数はコロナ前にすら戻らず、サービス業に働く人々にとって、ストレスを解くご褒美消費は手の届かないものになりつつある。相対的に貧しくなった消費者を前提に、内需のマーケティングは組み直す局面にある。
第二に、インバウンドは構造的な追い風であること。「3割引きの国」である以上、訪日需要は当面強い。ただし、それは生活の不便と表裏一体でもある。
第三に、ブランドと資産の安売りだ。都心の高層マンションの平均価格が1億円を超えて下がらない背景には、資本自由化と海外投資家の買いがある。複数の外国人が投資案件として買い、民泊で貸し、値上がりで売り抜ける。企業買収も、本国にない技術や知識を持ち帰る狙いで、未来技術や安全保障に関わる企業が標的になる。円高時代には高くて手が出なかったものが、3割引きで買える。自社の技術やブランドが、割安な買収対象になりうる時代だということだ。
「日本は衰退した」は本当か
「為替介入してもすぐ円安に戻るのは、日本経済が衰退しているからだ」――そんな議論がある。だが、よく発言するアメリカなどの投資家は、円安に賭けるキャリートレードの旨味を語っているに過ぎない面もある。
円安の金利差要因は、日本経済の歴史的な帰結だ。バブル後の長期消費低迷、そしてコロナを先進国で最小の犠牲で乗り切り、反動的な供給不足に陥らなかったこと。それが日本を、欧米とは別世界の金融環境に置いた。欧米は供給制約インフレ→高金利へ向かい、日本はデフレ脱却の途上でゼロ金利を維持した。海外と真逆になった結果が、いまの円安なのだ。ドイツに経済規模で抜かれたのも、活力の差というより、エネルギー政策の失敗が重なったインフレ差が大きい。
そして実際に起きているのは、衰退ではなく海外進出と産業の高度化である。自動車メーカーは生産を海外へ移し、電機は成熟事業から撤退して、より高い収益性を求めた。日本メーカーの電子製品の多くは海外産で、それを自社から輸入して売っている。アメリカもドイツも同じ道を歩んでいる。ただ、製造業の「次」が見えにくいことが将来の不確実性を高め、衰退論や悲観論への思い込みを生んでいる。
円安を解く鍵
円安をつくりあげているのは、構造的な誘因の上に乗った、投資家集団のパラダイム(思い込み)だ。NISAやiDeCoを始める消費者も、その一員に含まれる。海外でこのパラダイムを支えているのは、いつまでも日本をATMのように使って稼ぎたいキャリートレードの担い手たちでもある。
この色あせた観念を打ち破るには、投資家の世代交代が要る。バブル崩壊から35年、世代は二度入れ替わり、歴史に色づけられた価値観のパラダイムは変わりつつある。新しい投資家が円高歓迎へ向かうことを期待したい。国内株や国内比率の高いファンドへの優遇策があってもいい。
脱成熟し再成長する企業が牽引する経済へ。
日本の経済成長の歴史が教えるのは、民間企業が主導し、政府が環境を整えて伸びてきた、という事実だ。円安からの脱却もまた、その延長線上にある。
マーケターへの、三つの問い
- "3割引きの国"で、あなたのブランドは価値をどう守るか。
- 相対的に貧しくなった日本の消費者に、何を、いくらで届けるか。
- 「日本衰退論」という空気に、自社の戦略を引きずられていないか。