競争戦略のEBPMアプローチ
- 現代で成功する戦略の5原則 -

2026.06.15 JMR生活総合研究所 代表取締役社長 松田久一

構成


はじめに
第1章 戦略とは何か - 最大の失敗事例から学ぶ
第2章 なぜいま原則の更新か - 現代市場の三つの構造変化
第3章 成功する戦略の5原則
第4章 5原則を立案手順に落とす - EBPMの組立て
おわりに - 弱者上等の時代


はじめに

 過去四半世紀、日本の経営者は新しいルールを学んできた。市場の変化に俊敏に対応しなければならない。ベストプラクティスをベンチマークしなければならない。デジタル化を進め、AIを導入しなければならない。これらの改善は必要である。しかし、それは戦略ではない。

 本稿の原型は、1999年にまとめた「戦略を読む―競争戦略立案のためのデータベースの手法と提案」である。戦略についての考えは変わっていない。変わったのは、戦略が応答すべき市場環境のほうである。そこで旧稿を再構成し、実務により役立つよう更新した。

 旧稿では「データベース」という概念を広く捉え、Evidence Based Strategy Formulation―データにもとづく戦略策定―の意味で用いた。今日、データベースという言葉はコンピューターシステムの用語に限定されてしまった。そこで、本来の狙いである歴史的実証性をより正確に表現するため、本稿では「EBPM(エビデンスにもとづく政策形成)アプローチ」と呼び直す。戦略は、思いつきからは生まれない。流行の枠組みからも生まれない。歴史と事実 - 失敗事例と成功事例の対照―から立案される。これが本稿の方法である。

 構成は四部からなる。第1章では、日本最大の失敗事例である太平洋戦争から、戦略とは何かを定義する。第2章では、戦略原則の更新を迫る現代市場の構造変化を確認する。第3章が本論であり、現代で成功するための戦略の5原則を、企業事例とともに提示する。第4章では、5原則をEBPMの立案手順に落とす。なお、筆者がコンサルティングで手がけた企業の事例は、守秘義務により公表できない。本稿の事例はすべて、現場で確認してきたものと同質の構造を持つ公開事例で代えている。固有名は違っても、メカニズムは同じである。


第1章

 戦略とは何か - 最大の失敗事例から学ぶ

1 戦略の定義

 戦略とは何か。経営の言葉のなかで、これほど頻繁に使われ、これほど曖昧なまま放置されてきた言葉はない。本稿の定義はこうである。戦略とは、会社や組織が進む方向を、具体性と抽象性のほどよい実感のレベルでコンセプトとして表現し、行動の向きと協働(ベクトル)、そして勢い(ドライビングフォース)をあわせて目的達成に向かう構想である。この定義は、実務経験から生まれた筆者個人のものである。

 定義を検証するには、最大の事例にあたるのがよい。日本の戦前戦後の歴史を紐解くと、「なぜ日本は戦争に負けたのか」という問いに対して、「戦略」がなかった、という評価が繰り返し与えられてきた(野中郁次郎他『失敗の本質』)。本当にそうか。この最大の失敗事例から、戦略の本質を取り出す。


2 無謀な開戦と一縷の構想

 太平洋戦争を考えてみよう。戦前の日本は、GDP(製造能力)がアメリカの1割程度、海軍力(総排水量)は半分という圧倒的劣位のもとで開戦した。現在に喩えるなら、核兵器を持たない小国がアメリカに奇襲攻撃を仕掛けるに等しい。普通に考えれば無謀である。ただし、構想はあった。アメリカは太平洋と大西洋という二つの大洋を守備範囲とする。大西洋艦隊が釘付けされている間に、ハワイに停泊する太平洋の海軍主力へ奇襲をかけて一時的に互角に持ち込み、個別撃破で戦略的優位を構築し、優位な停戦交渉に向かう。奇襲後は太平洋の島々を拠点化し、石油などの資源とロジスティクスを陸軍と分担する。山本五十六を中心とした、一縷の構想である。

 真珠湾では空母を中心とする打撃艦隊を取り逃がしたものの、戦力比では優位に立った。そしてアメリカ本土を狙う拠点としてのミッドウェイ海戦に臨む。空母をはじめ、戦力比は日本が圧倒的に優位であった。この戦いに勝利していれば、歴史は大きく変わったといえる。


3 ミッドウェイ―複雑な戦略は三つの理由で敗れる

 敗因は三つに集約される。第一に、作戦が複雑すぎた。日本は囮を使った陽動作戦をとり、敵が罠にはまった時点で、四方に分散していた空母打撃群を一挙に集結させて包囲殲滅する、という「凝った」戦略を構想し、それが現場の混乱を招いた。第二に、レーダー技術や暗号解読力を含む情報諜報戦で、「戦略」そのものを読まれていた。劣位のアメリカは、日本の戦略参謀の癖を読み、陽動に引っかかったふりをして、分散していた打撃群を見えない裏から個別撃破した。第三に、天候という偶発性(摩擦)が日本に不利に働いた。日本は索敵に失敗し、ひとつの打撃群を除いて壊滅した。この一敗がボディーブローのように効いて空母という機動力を失い、以後、島々の兵力は補給が尽き、戦略原則に反する戦術にまで行き着いて、敗戦へ転がり落ちた。

 教訓はシンプルである。量的優位にあるときは、凝った作戦ではなく、素直に量的優位をもとに正面から押すべきであった(筆者の机上の論ではあるが)。優れた戦略は、賢く見える複雑さではなく、力を集中できる単純さを持つ。複雑な戦略は、現場を混乱させ、敵に読まれ、偶然に弱い。


4 戦略は二層からなる - ヨコの戦略とタテの戦略

 戦争は経営と同じ構造を持つ。クラウゼヴィッツの古典的定義によれば、戦争とは政治目的を達成する手段であり、一連の戦闘から構成されるキャンペーンである。個々の戦闘の勝敗は戦闘力の大小で算術的に決まり、戦闘力は兵の精神諸力と物理諸力の積であり、その作用は偶然性(摩擦)に左右される。この捉え方はドローン時代でも通用する。手段が技術化したに過ぎない。

 ここで戦略は二層に分かれる。個々の戦闘でどう勝つか。これがヨコの戦略である。一連の戦闘をどう戦い続け、政治目的を達成するか。これがタテの戦略である。太平洋戦争には100回ほどの戦闘があった。日本は真珠湾というヨコで優位に立ち、ミッドウェイというヨコで敗れ、その一敗がタテの構想全体を崩壊させた。

 経営も同じである。会社の倒産が敗戦であり、存立している限り何らかの強みを持つ。会社は創業から生存を確立し、成長し、成熟し、強みを革新して脱成熟していく。経営は毎日が戦闘である。しかし、重要なのは個々の戦闘の勝敗ではない。一連の戦闘を貫いて目的を達成するタテの戦略である。1年の戦闘と30年のキャンペーンは、区別して構想されなければならない。


5 『失敗の本質』を読み直す―戦略不在は条件の帰結である

 『失敗の本質』は、太平洋戦争の戦闘分析をもとに、敗因を戦略の不在と、愚かな戦略を生んだ組織に求めた。しかし、よく考察すれば、戦力比十対一以下、国力比はさらに開いた「非対称紛争」で勝てる戦略など、誰にも構想できなかったことは明らかである。アメリカと利権が衝突する中国からの撤退は膨大な損失を生む。八方塞がりの閉塞感のなかで、かすかに山本の構想に賭けるしかなかった。これが実態であろう。戦略の不在は、条件比較からくる当然の帰結である。太平洋の戦闘をいくら分析しても、そこから勝てる戦略は出てこない。

 興味深いのは、野中郁次郎氏自身が後年、「組織は戦略に従う」(チャンドラー)という命題を「戦略は組織に従う」へと転換したことである。コペルニクス的転回であるが、同時に戦略の放棄でもある。もしこの命題が正しいなら、外資系コンサルティング会社の収益源である組織改革は効果がないことになる。実際、外資コンサルが入って混乱する企業は枚挙に暇がない。本稿の立場は明確である。戦略の優劣は結果を左右する。ただし戦略は、現状分析の積み上げからも、借り物の枠組みからも生まれない。過去から現在、現在から未来への歴史の流れ―エビデンス―から構想される。これが「EBPMアプローチ」の意味である。


6 優れた戦略とは何か

 優れた戦略とは、学校で歴史を学ぶように、過去から現在、現在から将来を考える、骨太でシンプルな構想である。このアプローチは学校教育にもビジネス教育にも組み込まれていない。しかし、自らの歴史観と会社の歴史を踏まえて、優れた経営者が実践しているものである。戦略は、1年、3年、5年、10年、そして30年というタイムスケールで考える。計画にブレイクすれば、年度計画、3ヶ年計画、5ヶ年長期計画、10年ビジョン、そしてアジェンダや理念として体現される。


ヨコ戦略を相互補完するタテ戦略がある。経営者は、現状の分析よりも、過去から未来への流れで構想する。


 これが本稿の基本姿勢である。では、その構想の中身を規定する現代の市場環境を確認しよう。


第2章

 なぜいま原則の更新か - 現代市場の三つの構造変化


第3章

 成功する戦略の5原則


第4章

 5原則を立案手順に落とす - EBPMの組立て


おわりに - 弱者上等の時代