「生活研究所報」巻頭言
「贅沢と過労のアメリカ」「不安と節約の日本」を越えて

2001.01 代表 松田久一

この論文は、「生活研究所報 Vol.5 No.1」の巻頭言として掲載されたものです。

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 アメリカが大きく変わろうとしている。株価やナスダック指数の低下に見られる景気後退の話ではない。消費が大きく変わろうとしているのである。

 大方の見方と違って、アメリカの90年代の驚異的成長は、情報通信技術革新(IT)によって生まれたものではない。ITによって生まれる企業の設備投資の拡大などたかがしれている。政府需要も景気上昇局面では多くない。そもそも国内需要の大半を占める消費が伸びなければ持続的な成長を続けられるはずがない。90年代のアメリカの高い経済成長を支えたのは消費の伸びである。このことに気づかせてくれたのが、「浪費するアメリカ人」の著者であるJ.B.ショアである。

 90年代のアメリカの成長は貯蓄がマイナスになるほどの消費ブームによってもたらされた。消費ブームが生まれた背景は三つある。ひとつは、不安である。アメリカではリストラによっていち早く中流層の崩壊が進んだ。違法な時給1ドルで暮らす不法移民層の「インナーシティ」が続々と誕生した。このことによって下層へのランクダウンの恐怖と不安が噴出した。この不安は、中流層にしがみつこうとする人々の消費を刺激し、中流層を誇示するステータス消費が生まれた。ふたつは、ITベンチャーなどで成功した年収4000万円以上の中流上位層の生活スタイルが模倣の対象となり準拠集団となったことである。三つは、多くの企業がこの中流上位層へのターゲットマーケティングを展開しマスメディアを利用したことである。人口のわずか数パーセントに到達できる最大のメディアは、皮肉なことに大半の中流以下の層が視聴するマスメディアなのである。つまり、リストラの不安が動因となって、ワンランク上の生活スタイルへの模倣欲望を生み、貯蓄よりも消費の意識を生み出した。それをマスメディアが刺激したのである。このことによって過剰な消費のために働きすぎるという生活スタイルが生まれたとショアは分析する。いまやアメリカは日本を抜き世界でもっとも長い労働時間を誇っている。