世紀末カルチャー現象と消費

1992.07 代表 松田久一

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世紀の発想

 西暦紀元を起点に時代を100年ごとに区切って数えたときの一画期を世紀という。この数え方に従えば、20世紀は、1901年から2000年までとなる。

 時代を100年単位でみる見方は人類の歴史からみれば、比較的新しく17世紀に始まるといわれている。近代に入って生まれた時代の見方ということもできる。

 この意味で人類の経験した世紀末は17世紀、18世紀、19世紀、の3回ということになる。20世紀の終わりは、残りの10年、世紀末は、1991年から始まっている。

 80年代の後半から、世界の歴史は大きく動いた。戦後世界を形成してきた政治、経済、イデオロギーの枠組みは激変した。日本社会もこうした動きに従って揺らいだ。いざなぎ景気を越えたバブル景気も遂に終焉(しゅうえん)した。

 19世紀の日本の世紀末は、明治の初期に当たる。明治維新によって江戸幕府が倒れ、丁度、日本の近代社会、資本主義への転換が行われていた時期である。人口が約3,000万人であった。大転換であったことは言うまでもない。一方、ヨーロッパ社会の世紀末も大変動の時代であった。第一次世界大戦へ突き進んでいくための列強間の植民地獲得競争が熾烈(しれつ)を究めはじめる時期であった。

 三度目の世紀末体験から、世紀末という言葉にはさまざまなイメージが付与されている。終わり、激動、不安といった終末論的な出口のみえない暗さといったものがつきまとう。

 多くの人々は、こうした変化を、春がきて夏が来るように、大きなうねりとして肌で感じるようになってきた。雑誌の記事や新刊のタイトルに、「世紀末」という言葉が目につくようになってきた。

 この言わば表層な世紀末という用語の多用は、何らかの意味で人々の価値観に影響を及ぼしている。その背景には、ひとつの大きな動機が考えられる。

 フランシス・フクシマの「歴史の終わり」という書籍がヒットを続けている。

 イデオロギーの対立が自由と民主主義の勝利という形で終わりをつげ、もはや、世界の歴史を動かしていく理念的な対立はない。世界は、退屈な歴史の博物館の時代に突入したという現代を捉える歴史観が披瀝(ひれき)されている。この難解な書籍が売れる背景には、変動の意味付けをしたいという強い願望がある、と分析できる。さらにこうした願望の深層には、未来の予測ができないことへの不安がある。

 19世紀末、フロイトが取り組んだ最大のテーマのひとつも不安神経症という時代に根ざした病であった。

 未来への不安が、世紀末という言葉のもつイメージに適合し始めたのである。マズローは、人々の願望を四つに分類した。安全への欲求、愛情欲求、尊重欲求、自己実現欲求である。そして、人は、こうした欲求をそれぞれワンランクずつアップし、後戻りはしないとしている。現代は、自己実現の時代だと久しく指摘されてきた。

 こうした説を反証するように、世紀末現象は現われ始めている。

 バブル消費の余燼(よじん)のなかで、消費は着実に変化している。バブルの象徴となったヨーロッパの高級車、百貨店の美術品、ブランド商品は影を薄め、リーズナブル価格の品揃えの転換が多くの流通産業ですすんでいる。この変化のなかで、世紀末の意識は、消費にいくつかの新しい傾向を生み出している。