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(2015.04)
SPAモデルへの転換により更なる成長を図る
西松屋チェーン
プロジェクト・チーフ 中川さやか



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1.西松屋チェーンの発展と戦略転換点

 最新の統計では、1人の女性が生涯に産む子供の数の平均は、1.41人と依然低いままで少子化の勢いは止まらない。2兆円とされる子供服・用品の市場も縮小傾向にある。だが、そんな成熟市場で、西松屋チェーンは2013年度売上高1,277億円と19期連続増収になり、徹底したローコスト経営と低価格のベビー用品に絞り込んだ品揃えで業績を伸長させている。


(1)創業期

 西松屋チェーンは、1956年、姫路の呉服店『着物の西松屋』(1950年設立)が、別部門として、お宮詣り衣装や出産準備品を販売する「赤ちゃんの西松屋株式会社」を設立。創業者は茂理満(現名誉会長の母)と現名誉会長茂理佳弘である。1959年に「株式会社西松屋ストアー」に商号を変更する。

 1965年から子供向け衣料品の販売を開始し、1979年8月に「株式会社西松屋チエーン」に商号を変更(現社名は1997年5月に変更している)。1980年代までは地元兵庫県と大阪府のみで店舗展開するローカルなチェーン店だった。当初から低価格を売り物にしてきたが、他のブランドショップとの差異化などがうまくいかず、業績は伸び悩んでいた。


(2)2代目大村社長による経営改革

 そんな中、現社長大村禎史が、1985年西松屋に入社する。京都大学大学院工学研究科を修了し、鉄鋼メーカーの山陽特殊製鋼の研究職に従事していたが、西松屋の創業者である義父茂理佳弘から熱心な誘いを受け、その際米国チェーンストア研究の第一人者の渥美俊一先生の書籍を何冊か渡された。チェーンストアの理念に共感し、チェーンストアが壮大なシステム産業であることに興味を持ち、「本格的なチェーン店を作ってみたい」と、取締役として転身する。工場の生産現場の効率性の追求に慣れていただけに「小売りには改善の余地が多いと感じた」と言う。

 1990年、大村禎史が専務取締役に就任すると、鉄鋼メーカーで培った経験を活かして西松屋の改革に着手する。主な改革点は三つ。店舗運営と商品管理を核とした徹底したローコスト経営と、低価格路線の継続と商品品揃え、積極的な出店による販売網の確立である。


1)製造業の合理化手法をベースとした徹底したローコスト経営

 大村が最初に取り組んだのが店内のレイアウトや陳列方法の改善である。直線で広い通路の設定や、ワゴン・平台を撤去しハンガー陳列・ゴンドラ陳列への変更をすすめようとするが、当時、小売業の現場では常識とされていた販売方法の改革には反対者も多かった。そのため、1店舗からはじめ数字や売場を検証して段階的に改善を重ね、従業員も納得して改善、改革に取り組むようになった。

 店舗レイアウトの標準化後も無駄と判定したものを次々と取りやめ、POSによる商品の単品管理と本部からの一括発注、作業のマニュアル化・標準化、物流の合理化など製造業の合理化手法をベースに、強固なチェーントアづくりに向けた数々の改革を推進していく。

 大村は1996年に代表取締役副社長、2000年に代表取締役社長に就任するが、上記のような取り組みの継続強化により、200坪以上の広い店舗はたった2人のパート社員で運営し、全国850店舗強をわずか4人で本社で一元管理、正社員比率も14%と、少人数で店舗を運営する体制を築き、超合理化を進めている。


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