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(2011.09.16)
ビール3社の震災後マーケティング(酒類・飲料)




はじめに
 2011年3月11日に発生した東日本大震災は多くの日本企業に大きなインパクトを及ぼした。本社や支店・工場など、被災して直接的なダメージを受けた企業はもちろん、そうでない企業でも活動が停止、もしくは停滞するなど大なり小なりの負の影響を受けたことは言うに及ばない。
 不確実性の高い昨今の経営環境下、起こりうるリスクを見越した対策(リスクヘッジ、またはリスクマネジメント)が準備されているとはいえ、史上まれにみる災害に直面して、それらが有効に機能した企業がどれだけあるのだろうか。「想定外の事態」と言ってしまえばそれまでであり、もちろん今回と全く同じような事態が起こることは確率的には極めて低いと言える。しかしながら今後こうした事態における企業活動のダメージを軽減し、速やかに次の一手を打つための処方箋として、今回の主な業界における事例から学ぶことは多い。またこうした非常時だからこそ、マーケティングをはじめとする企業のパワーが推し量れるともいえる。

1.酒類・飲料大手3グループに見る震災後対応
 大手企業各社が、震災に対する各種対応策を打ち出している。マーケティング、製造・物流などバリューチェーンの主活動においては勿論、CSR活動としても、直後から義援金や救援物資などの支援策が相次いで発表された。その後、2010年度もしくは中長期的な支援策も発表され始めている。年間数十億円規模の支援策も発表されるなど、従来のCSR活動とは規模が異なる。被災地支援は大手企業の当然の使命とはいいながらも、継続的な支援はビジネスに立脚してこそ可能であり、単に利益を圧迫するだけでは本末転倒と言えよう。各企業は、こうした課題にどのように向き合っているのか、本ケースは酒類・飲料メーカー大手の復興支援策を取り上げる。

2.キリングループ:定番品を中心に、サッカー日本代表との連携
 キリンは、キリンビール仙台工場や取手工場が被災したため、直後はその対応に追われた。加えて資材・電力不足の影響などにより、多くの製品の販売・販促の休止・延期を行った。一方で「KIRIN 一番搾り<生>(以下一番搾り)」、「KIRIN のどごし<生>(以下のどごし)」、「麒麟淡麗」、ミネラルウォーターなど主力品・必需品への生産集中を行った。4月下旬以降は、缶資材・燃料などの供給も安定し始め、商品販売やキャンペーンの再開を順次行った。その中で、「キリンゼロ」、「キリンストロングセブン」の製造中止を発表するなど、中長期を見越した商品政策の見直しが行われた。
 CSR活動としては、震災直後、被災地に向け緊急輸送を行うとともに、3億円の義援金拠出を発表した。4月中旬には、応援CMとして、サッカー日本代表と連動したメッセージを発信した。5月初旬には、今後の本格復旧支援として3年間で60億円規模の拠出を行うことを発表。内容は、地域食文化・食産業の復興支援、子どもの笑顔づくり支援、サッカーなどを通じた心と体の元気サポートを予定している。その原資として、売上が支援につながる各種取り組みを展開する。第一弾として、5月から一定期間「紅茶で笑顔を。」と称するキャンペーンを始動、もともとアクセサリーブランド「Q-pot.」と共同で行う予定だった「午後の紅茶」のチャリティー企画を見直し、震災支援の要素を盛り込んで再開した。また、第二弾として7月にサッカー日本代表の応援企画と連動したキャンペーンも実施。「一番搾り」、「のどごし」、「麒麟淡麗>生<」など定番品を中心に日本代表応援デザイン商品を発売する。11月には仙台工場の復旧に伴い、東北の原料を使用したアルコール商品を発売する予定であり、サッカー日本代表応援デザイン商品も 再び発売する予定だ。
 製造・物流対策としては、業界共通の取り組みを行うことは勿論、鉄道輸送の拡大、アサヒビールとの共同配送に着手するなど、中長期を見越した節電対策・合理化・分散化も推進している。
 同社の取り組みの核は、定番品を中心にサッカー日本代表との連携にある。定番品や、従来から行ってきたCSR活動の延長線上に復興支援を位置づけることで、同社らしい取り組みを推進していく考えだ。

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3.サントリーグループ :対応のスピード感、巧みなメディア露出
 サントリーは大手3グループの中で、唯一工場が被災しなかった。そのため被災工場の復旧作業はなかったものの、資材不足、電力不足の影響を受けることになった。同社も、一部商品の販売・販促の休止・延期とともに、「天然水」、「プレミアムモルツ」、「金麦」など主力品・必需品への生産集中を行った。しかし、影響があった品目数は他グループに比べれば少ない。
 CSR活動としては、同社も震災直後、被災地に向けにミネラルウォーター100万本の緊急輸送を行うとともに、4億円の義援金拠出を発表した。4月初旬、多くの広告主がTVCMを控える中、飲料各社の中では先駆けて応援CMを開始した。「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん夜の星を」を、有名人がバトンリレーで歌い上げるCMは、各種調査によれば賛否はありながらも比較的消費者の高い共感を集めたことが示唆されている。同じく4月初旬に、今後の本格復旧支援として40億円規模の拠出を行うことを発表。内容は、漁業復興のための漁船取得支援、未来を担う子どもたちの支援、文化・芸術・スポーツを通じた支援を行うとしている。その原資として、1年間、主力28ブランドを対象に、売上1缶につき1円を義援金に充てる取り組みを開始した。この辺りの動きは、飲料各社の中でも先頭を走った格好だ。
 製造・物流対策としては、業界共通の取り組みとして、ペットボトルキャップの仕様共通化、自動販売機の節電対策などに取り組んだ他、独自に工場への自家発電導入、自動倉庫管理システムの改善を行うなど、中長期を見越した節電対策・合理化・分散化も推進している。
 同社の取り組みは、対応スピードの速さや応援CMの内容などから、メディアにも好感を持って多く取り上げられている。平常時からのブランド戦略の巧みさが活かされていると言えよう。

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4.アサヒグループ :他社の動きを注視した慎重な展開
 アサヒも、アサヒビール本宮工場や守谷工場が被災、加えて資材・電力不足の影響などにより、やはり多くの製品の販売・販促の休止・延期を行った。「スーパードライ」、「クリアアサヒ」、「十六茶」、ミネラルウォーターなど主力品・必需品への生産集中を行った。「一番麦」も新製品ながら今後の主力と期待され、生産が継続された。
 CSR活動としては、ミネラルウォーターや和光堂の粉ミルクを緊急支援として被災地に送った他、義援金3億円の拠出を発表(当初1億円の発表だったが、その後増額された)。他2グループに続いて応援CMも放送している。この辺りの動き方は、他社の動向を注視しながら進められたようだ。4月から6月までは、被災地に社員をボランティアとして送る支援を行っている。1人5日間を目途に、200人程度が参加。宮城県各地でボランティア需要と供給をマッチングする作業などに従事した。
 製造・物流対策としては、業界共通の取り組みを行うことは勿論、キリンビールとの共同配送、自家発電導入に着手する一方、西宮工場の閉鎖を一年延期する等、当面の生産力を確保しつつも節電対策・合理化などを推進している。
 今後、被災地の漁業復興に向けて異業種企業約20社が連携した基金が設立されるが、アサヒビールはここに名前を連ねている。また、「こどもたちの笑顔100倍!」プロジェクトとして、被災地への出張授業などを検討している。売上が支援につながる取り組みとしては、「アサヒスーパードライ「平泉文化遺産」ラベル」を発売する。しかし、こうした個々を束ねる本格復興支援の全体像は明らかになっていない。同社の取り組みには、比較的他社の動きを注視した慎重さが目立つ。アサヒらしい取り組みの本格展開はこれからの課題となろう。
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5.3グループのコーズマーケティングと復興支援
 各グループの事例を見ると、震災後の対応シナリオとして、直後の緊急対応、平常化と主活動再編を経て、コーズマーケティングと本格復興支援を推進していく格好となっている。各グループによって開始時期や個々の取り組み有無の差は勿論あるものの、平均するとそのようなシナリオになっているようだ。
 直後の緊急対応期においては、主活動における対応として、販売・販促の休止・延期、主力品・必需品への集中、被災工場の復旧などがあり、支援活動における対応として、緊急物資支援、応援CMの展開、ボランティア支援などが挙げられる。工場被災や、CMの中止、義援金・ボランティア支援などは一時的なコスト負担要因となる。その後、平常化と主活動再編期には、販売・販促の再開、自販機の節電対策、製造・物流における節電対策・合理化・分散化などが推進されている。自販機の節電対策は減収要因として危惧されるが、商品政策の見直し(集約)はコスト削減において 重要であり、また製造・物流の見直しも一時的な投資負担を伴うにせよ、中長期にはコスト削減を期待できる。この段階における準備が、次の段階としての本格復興支援期における、活動推進とコスト負担のバランスにおいて重要と考えられる。コーズマーケティングと本格復興支援期には、言葉どおり、コーズマーケティングとそれを原資とする本格復興支援が推進されている。その中で、各グループが各々の強みを活かした、「らしい」取り組みを模索している。巨額な復興支援活動は、売上と連動しても利益には一定の負担となるため、数々の主活動の見直しを進めておくことが重要となろう。

6.今後は「エシカル消費」への対応がカギに
 今後のコーズマーケティングと本格復興支援においては、「エシカル消費(もしくは「応援消費」などと呼ばれる)」が重要なポイントのひとつとなるだろう。「エシカル消費」とは、消費者が商品やサービス購入時に、環境、健康、教育など社会的重要テーマへの貢献を考慮する消費行動を指す。震災後、消費者は「エシカル消費」を重視する傾向を強めている。政府や民間の調査会社などが震災後消費者の価値観変化について、色々なデータを公表しているが、こうしたデータが示しているのは、節電・節約志向、自己防衛志向、無駄を排除したスマートな生活スタイル、家族・友人とのつながりの再認識、そして「エシカル消費」などである。消費者は、商品の価格やスペックだけではなく、その背景にある企業の姿勢に目を向け始めている。その判断基準の一つとなるのが、本格復興支援活動だ。
 コーズマーケティングは、CSR活動とマーケティングを連動させる考え方の一つとして知られる。従来型の義務的なアプローチから戦略的アプローチへの転換によって、事業利益への貢献と社会利益への貢献の両立を図るものだ。例えば、2007年に始まったボルヴィックの「1L for 10L」は、社会利益への貢献とともに、同製品の売上増に貢献し、代表事例として知られる。一方で、なぜ企業がそのテーマに取り組むのか、どのようにPRするのか、実際にどう使われたのか、その巧拙によっては、逆効果となりかねない。理念や裏付けなき活動は却ってしっぺ返しとなることを肝に銘じなければならない。「エシカル消費」の機運は高まりつつも、消費者の反感を買うような事態は避けねばならず、今後は各グループのコーズマーケティングの巧拙が注目されよう。



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