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季刊 消費経済レビュー
II.今成功している戦略は何か:
液晶テレビ市場に見る水平的差別化戦略 【要旨】

 「製品戦略と顧客ニーズギャップ分析」の主眼は、消費者にとって魅力的な財を生み出すための前提条件である、「企業側と消費者側の双方の狙いが、現状でうまく合致しているのかどうか」という課題を、需給ギャップという概念を基づいて検討することにある。
 企業の製品戦略と消費者の製品ニーズとは必ずしも一対一対応せず、両者の間には必ずギャップが存在する。消費者の製品ニーズにできるだけ合致するように、自らの製品戦略を適切にファイン・チューニングできるか否かが、企業が成功を収めるための鍵となる。「製品戦略と顧客ニーズギャップ分析」を用いる利点は、各企業が、自らの製品戦略の強みと弱みを見極めた対応を行なえると同時に、企業側が不十分な製品ニーズに迅速かつ適切に対処することで競争上の優位を確保し強化できることにある。
 分析事例として本稿で取り上げるのは、液晶テレビ市場である。
 液晶テレビ市場の業界構造を考えていく上では、液晶パネル製造に関わる企業と液晶テレビ製造に関わる企業に関する競争状況を同時に考慮する必要がある。液晶テレビメーカーの中には、シャープ、SAMSUNG、LGフィリップの3社のように液晶パネルの製造も一体で行なっている企業、SONYや松下などのように液晶パネルを自前では作らず(関連企業をも含めた)他社から調達している企業、AU Optronics、Chi Meiほかの台湾メーカーのように液晶パネル製造に力点をおいている企業が存在する。液晶テレビ市場で競争の主導権を握っているのは、液晶パネルの製造も一体で行なっているシャープ、SAMSUNG、LGフィリップスの3社である。液晶パネル製造をめぐる3社間での技術力の優劣と、3社が展開する液晶パネルの生産能力拡張のための投資競争の巧拙が、液晶テレビ市場の競争の帰趨を大きく左右する。個別企業レベルでは、液晶パネル製造をめぐるイノベーション競争や生産規模拡張のための投資競争に対してどのように対処していくのかが、液晶テレビ市場における競争に勝ち残るための鍵となる。
 上位メーカー各社の製品投入状況を見ると、業界トップのシャープは、液晶テレビ市場の完全制覇を目指して、小型から超大型まで満遍なく製品を投入する全方位作戦を展開している。これに対し、グローバル市場における対抗馬ともいえるSAMSUNGは、超大型ゾーンと小型ゾーンの両端での製品投入の比率が高く、当該ゾーンでシャープに全面戦争を仕掛ける構えである。国内2位の松下電器と国内3位ソニーは、中型のニッチ・ゾーンに活路を見出そうとしている。各社の製品戦略の重点を比較すると、シャープは、液晶テレビ市場の完全制覇をにらんで、イノベーションと水平差別化では他者を上回る優位を築き、垂直差別化でもSONYを追撃する構えを見せる。これらの優位性をテコに、圧倒的な高価格を維持し続けている。SAMSUNGは、大画面化を軸とするイノベーション競争で、シャープに追撃を図っている。SONYは、付加機能の拡張を通じた垂直差別化に活路を見出しつつある。
 弊社ネットモニターを対象に行なった調査結果に基づき、消費者の需要動向を確認しておくと、1年以内に薄型テレビの購入を予定があると回答したのは、調査対象者の約19%である。購入対象別で見ると、プラズマテレビ(約11%)よりも液晶テレビ(約16%)の購入を考えている人の方が多い。サイズ別では、30型以上40型未満のサイズが今後の売れ筋になると予想される。
 2液晶テレビにおいて消費者が重視する製品特性の3点セットは、「(製品寿命、消費電力の安さ、価格の安さの全てを勘案した)長い目で見た経済性」「画像のクオリティの高さ」「(操作方法のわかりやすさやメーカーのサポート体制の充実度に見られる)使い勝手の良さ」の3点である。製品特性に関する消費者の回答結果を基に因子分析を試みたところ、消費者の潜在的ニーズは六つに集約できる。最も寄与度の高い第一因子として浮かびあがったのは、サポート体制や操作方法のわかりやすさ、耐久性や価格などといった「ランニングニーズ」であり、第二因子は、収納具のオプションやディスプレイの素材、画面の大きさなどに見られる「大画面収納ニーズ」である。
 消費者の製品ニーズの捉え方は、企業側の製品戦略の枠組みとは食い違っている。液晶テレビメーカーの側では、大画面化に象徴されるイノベーションに力点が置かれる傾向が強いのに対し、消費者の側では、「価格の安さ」「消費電力の低さ」「使い勝手の良さ」に象徴されるランニングニーズが最も重視されている。  抽出された消費者の製品ニーズに基づき各社の製品戦略の巧拙を評価したところ、注目すべき三つの事柄が明らかとなった。まず、液晶テレビ市場におけるシャープの一人勝ちの秘訣は、傑出した、消費者の製品ニーズへの総合的な対応力の高さにある。他方、SAMSUNGの「イノベーション戦略を主軸とした画面大型化路線」は、日本の消費者に対しては空振りに終わっている。最後に、今後の消費者ニーズの動向を踏まえると、パソコンやAV機器との連携の充実化といった拡張性ニーズへの対応の巧拙が、各社の優劣を決める条件として今以上に重視されていくものと目される。
 以上の議論を踏まえると、現在、日本の液晶テレビ市場で成功を収めている戦略とは、業界トップのシャープが進めてきたイノベーション戦略を主軸とした水平差別化戦略である。今後液晶テレビ市場でトップの地位を保ちつづけていくために必要な戦略としては、まず、画面の大型化を軸としたイノベーション戦略は引き続き重要となる。需要側での強みを作り出し維持する条件としては、パソコンやAV機器との連携の充実化といった拡張性ニーズへの対応をより一層強化する観点から、付加機能の拡張を通じた垂直差別化戦略が今後はますます重要になる。
 今後の液晶テレビ市場の将来像を考える上で留意すべきいくつかの前提条件のうち、まず需要環境については、「グローバルに見て、液晶テレビ市場は今後5年、高成長が見込まれる」というのが、業界関係者のコンセンサスとなっている。供給環境については、2004年から2008年の時期について、シャープ、SAMSUNG、LGフィリップス、AU Optronics、Chi Meiの5社が保有する供給能力合計は、32型よりも小さいサイズでは一貫して供給超過状況にある。これに対し、40型のサイズでは、2004年から2007年にかけては供給過剰状況にあるものの、2008年以降は需要超過状況に転じることが見込まれ、更に46型のサイズでは、2005年以降はずっと需要超過状況にある。従って、この5社の行動、中でもシャープ以外の4社の行動が合理的な選択として市場で実現可能なものとなるのは、液晶テレビ需要の中心が40型以上の大型に移るという予測が正しい場合に限られる。  グローバルで見た液晶テレビ市場において、需要の中心が40型を超えるか否かが、液晶テレビ市場での競争の帰趨を決める。40型以上が需要の主力となるならば、液晶テレビ市場では2008年をターゲットとして、生産能力拡張に向けた設備投資競争がグローバル規模で展開することとなろう。他方で、40型未満が需要の主力となる場合には、2008年時点での生き残りをかけて、設備投資の大規模化と前倒しに向け、5社がしのぎを削る消耗戦を展開せざるを得なくなるはずである。
 他方で、2004年から2008年の時期には、2004年のアテネオリンピック、2006年のサッカー・ワールドカップと米国デジタル地上波放送本格開始、2008年の北京オリンピックなど、液晶テレビの需要ブームが生み出される有力な契機となり得る3大イベントが控えている。2004年までの間における各地の需要動向がどのように推移していくのかも、競争の主戦場となる地域を見極める上で欠かせない。  液晶テレビ市場の将来像を占うにあたり、前提ないし業界のコンセンサスとみなされる確定要因は、「液晶テレビの主力生産技術は、長期的には、第7世代が主流となる」「韓国企業並びに台湾企業は早晩、第7世代工場への投資を本格化させる」「米国市場では、40型以上が需要の主力となり、遅くともデジタル地上波が本格スタートする2006年以降の時期に、テレビの買い替え需要が立ち上がる」の3点である。これに対し、シナリオの分岐点となる不確定要因は、「米国市場での液晶テレビ需要の立ち上がりは、日本市場よりも大幅に遅れるか否か」「アテネオリンピック後も、日本市場での液晶テレビ需要は安定的に持続するか否か」「日本市場での液晶テレビの売れ筋として、30型以上40型未満が主力となるか否か」の3点である。
 液晶テレビに関し予想される将来シナリオとして、今後1~2年以内の時期における競争の主軸が、「30型以上40型未満」「日本市場中心」「垂直差別化競争」となれば、シャープが競争上の優位を確保できる可能性が高い。これに対し、「40型以上」「日米同時グローバル型」「イノベーション競争」となれば、SAMSUNGが有利に競争を展開する可能性が高い。
 予想されるシナリオに向けてシャープが採るべき対応策を整理すると、まず、目下の日本市場において液晶テレビが堅調に推移する間に、国内における圧倒的な優位を活かして、日本において需要の主力となる可能性の高い30型以上40型未満の液晶テレビを積極的に市場投入し、十分な収益を得なければならない。次に、米国市場の需要が立ち遅れてSAMSUNGが稼動し始める第7世代ラインの歩留まりの改善が十分に進まない間に、日本市場での十分な収益とグローバルで見た液晶テレビ市場の成長可能性を担保とした大型ファイナンスによって、(現在のシャープの主力である亀山工場のような第6世代ラインではなく)第7世代ラインあるいはさらに次の第8世代ライン建設のための設備投資を積極的に行ない、SAMSUNGと同等の生産規模に速やかに追いつかなければならない。そうすることで初めて、米国市場や中国市場を主戦場とした、来るべきグローバル型イノベーション競争並びに生産規模拡張のための設備投資競争で、シャープはSAMSUNGに互角の勝負を挑めるようになる。
(2004.09)


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