VII. 日本とは何か

文明時評
二十一世紀への日本の生き残り戦略-武人文化の再生
はじめに-21世紀の商人国家ビジョン

2000.04 代表 松田久一

実務家に提案する日本的戦略思考法。

 文明時評は、現代、文明、文化、国家、経済、社会を対象に、個人の意見を表明するものです。私どものサイトは、経営やマーケティングなどの実務に使って頂けるコンテンツを目指しています。しかし、没主観的に、客観的に、経営やマーケティングの議論や提案ができるかというとそうではありません。やはり、コンテンツを発信する立場の国籍、思想、哲学などの利害が反映されます。薄ぺらいマーケティング提案にはやはり浅い物の見方しかない事は確かです。文明時評は、現代の課題を自由な立場から論じ、コンテンツ作成の背景となっている物の見方を、時評を通じて個人記名で表明するものです。

 書評の要素も入れてできるだけ平易に文明時評を展開していきたいと存じます。少々、風変わりなコンテンツですが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

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はじめに-21世紀の商人国家ビジョン

 経済企画庁長官である堺屋太一* が面白い提案をしています。(中央公論4月号、「徹底した商人国家でいけ」)曰く、日本は大国にはなれない。現在、世界で大国である条件を持つのはアメリカだけであり、中国と新しいECが可能性をもっているだけだ。大国の条件とは経済力と軍事力であるが、日本には軍事力がない。軍事力を持つには日本には決定的に欠けているものがある。それは武人文化である。その文化を取り戻すには中国の例にみるなら、武人文化を軽視した宋時代がそうであったように二百年の歴史を要する。核武装して軍事力を持つにしても兵隊を供給する若年人口数が少なく、国土防衛のための縦深が薄すぎる。従って、小国主義の選択と商人国家の道をここ百年は目指すべきである。

 誠に、歴史的洞察にもとづく卓見です。武人文化という概念に啓蒙、啓発されました。指導者の最大の役割は、不確かな状況を定義することです。堺屋はこの役割を見事に果たしています。批判的に摂取したいことがあります。日本が無政府状態の世界システムのなかで生き残る戦略のひとつは確かに小国主義の商人国家です。また、大国に必要な軍事力を持つには決定的に武人文化が欠如していることも首肯できます。しかしながら、批判点も幾つかあります。武人文化とは一体何でしょう。暗黙のうちに戦前にはあったとされている武人文化は本当にあったのでしょうか。それは本当に現在も将来の日本にも必要ないのでしょうか。これらを明らかにすることによって、逆説的な提案、すなわち、商人国家として生き残るためには武人文化の創造と大国としての戦略が必要であるという事を説きたいと思います。

 要点はこうです。グローバル競争で日本企業が生き残るためには、武人文化の本質とでも言える独自の戦略思考をもつ事が不可欠です。商人道だけでは生き残れません。しかし、堺屋の指摘どおり、日本には独自の戦略思考を生み出す武人文化が決定的に欠けています。また、武人文化は戦前にはあったという通俗的理解とは異なり戦前からもなかったのです。江戸時代にその萌芽がみえるだけです。ビジネスにおける新たな商人の武人文化を創造することこそが21世紀の日本の課題です。

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グローバル再編に揺れる日本企業

 金融、保険、証券はもとより、日本が強さを誇る自動車などの製造業でも、規制緩和、グローバル市場のなかで、欧米企業との競争に敗退し、グローバルな再編の波に洗われているようです。さらに、急速に進むネット経済化のなかで、千載一遇の事業機会が到来する一方で、世界の下請け工場化の危機にも見舞われています。グローバル市場でなぜ日本企業は敗走しているのか、企業や産業の個別条件に還元されない共通の要因を探ってみます。それが武人文化の欠如と深く関わっているように思えるからです。

 国内市場と多くの他国市場が直結することがグローバル化の特徴です。顧客も、競争もグローバルレベルで考え、実行するということです。こんな認識は新聞情報に眼を通さずとも、世界でもっとも賢明な商品選択をしようとする自らの購買行動を考えれば明らかです。グローバル化を捉える鍵は顧客と競争がグローバル化するということです。日本企業だけの土俵だったものが、外人力士も登場する土俵になるということです。同じ土俵に立った欧米企業は独自の戦略とその実行力で日本企業と競争します。この同じ土俵に立つということがグローバル化であり、グローバルスタンダードということです。外資系企業と同じ経営スタイルをとることがグローバルスタンダードではありません。日本企業が生き残るためには、土俵が同じになることをできるだけ避け、同じになったら競争に勝つということでしかありません。同じ土俵に立てば、競争でもっとも重要なことは組織間競争に勝つための戦略と競争企業との差別的行動をとることです。

 日本企業にはこの欧米企業と同じ土俵で勝つための決定的な要素が欠けています。それは戦略的思考です。業界協調とコツコツまじめ競争では勝てません。戦略的思考を補う手段は、今のところ、残念ながら外資系コンサルティング企業の採用になっています。

J.オシーア&C.M.マジガン
ザ・コンサルティング・ファーム
日経BP社
図表

 「リストラクチュアリング」、「ビジネスプロセスリエンジニアリング(BPR)」、「サプライチェインシステム(SCS)」、「キャッシュフローマネジメント」などの新しい経営手法が続々と導入されています。独創性と決断力、何よりも戦略思考に欠ける経営者が、アリバイ的に外資系コンサルティング会社を採用し、新しい経営手法を導入し、組織改革を行っています。しかし、それで成功したという事例はめったにありません。高額なコンサルティングビジネスの誕生国であるアメリカでさえ成功事例は少数のようです(J.オシーア&C.M.マジガン 「ザ・コンサルティング・ファーム」)。

 グローバル競争で連敗を続ける日本企業にはひとつの繰り返しパターンがあります。それは同じ土俵で、アメリカ企業がすでに経験した同じ手法で戦うという愚かさです。少々、ビジネスジャーナリズムに囚われず冷静に考えてみればわかります。同じ体力で同じ場所で同じ武器で戦えば錬度で優っている方が勝つに決まっています。これを繰り返しているのが日本企業です。スポーツでも同じようなことが起こっています。

 平尾監督* 率いる日本のラグビー界は、国際競争で勝つために組織力より個人の価値とスキルを重視したトレーニングと戦法をとってきました。また、大学選手権、社会人選手権ではこのやり方で勝ってきました。他のラグビーチームは、伝統的な型にはまり、有望人材の流れも固定化していました。欧米の価値観と個人主義のチームプレーを取り入れて実際国内では勝利の実績をあげました。この結果は周知のとおり、ワールドカップで世界のトップチームとの画然とした相違が明確になっただけです。競争相手を明確にし、自己の冷徹な能力分析のうえで戦略を構築し、戦法として錬度を高め、スポーツの本質である闘争に勝つということよりも、心地よい抽象的な理念と思い上がった目標設定が敗北を招いただけです。未だに、大西鉄之助の実績を上回る結果を出せません。グローバル競争への果敢な挑戦が逆に日本の敗北の美学に結びつくという結果に終わりました。明確な戦略の不在と戦法の錬度の低さが敗北に繋がりました。

* 文中に登場する方の役職は論文執筆時(2000年)のものです。

[2000.04 MNEXT]