V. 歴史と生活史に学ぶ

考えないということ 考えるということ

1990.04 代表 松田久一

 企業の本当の強みは何か、ということを考えあぐねていたら、マックス・ヴェーバー(ドイツの社会経済学者)の17世紀の資本主義社会誕生の分析に出会った。

 驚いたことがある。

 プロテスタンティズムが極めて反営利主義であったという宗教者にとって当たり前の事実に、である。

 ユダヤ教も、仏教も、儒教も、その他の宗教は営利主義、安く買って高く売るという商業活動には甘かった。だから、商売すること、ものを製造すること、を本気で考えなかった。本気で世俗内での生き方を考えたプロテスタント達がよりいいものを適正な価値で販売し、隣人愛を実践する、という厳しい合理的経営と世俗内での根本的生き方を生み出せた、という。近代の最大のイノベーションである資本主義社会の誕生は、こうした厳しい精神的土壌が育んだとヴェーバーは分析している。

 日本にも商売を本気で考える精神的緊張感があった。江戸の石門心学である。階級社会の中で、もっとも身分の低い商人達が武士よりも財力を持つことに倫理的根拠を与え、商とはなにかという根本的疑問に答えたのは、石田梅岩の心学であった。本質的な追求である。

 新しく大きい歴史的転換を生み出す背景には、物事を本質的に突き詰める土壌があった。

 市場を変えてしまった、生活を変えてしまったというようなヒット商品、マーケティングの革新にも必ずと言っていい程、よく考えられたものがある。現在の企業の本当の強さはこうした物事を本質的なところまで突き詰めさせる精神的土壌を持っているか、どうかにあるように思われる。

 考えるということは、時間がかかり、不確かなことである。個人にとっても考える事ほど辛い事はない。考えないで保守的な伝統を遵守していく態度でうまく進めばそれにこしたことはない。今までどおりで済まない多くの企業にとって、最も大きな課題は考えて仕事をするという土壌を失ってしまっていることだ。

 逆説的な言い方をすると、現在の企業の強みは考えないで仕事ができることだ。

[初出 1990.04 「営業力開発」 日本マーケティング研究所]