IV. 戦争に学ぶ

力の論理─世界の戦いの歴史に学ぶ戦略経営法
第五章 勝てる戦略に学ぶ ― 戦略パターンの事例分析

2011.02 代表 松田久一

実務家に提案する日本的戦略思考法。

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プラットフォーム構築による市場多面化戦略 ― 任天堂、マイクロソフト

 任天堂やマイクロソフトの高収益性は、単なるソフトづくりやものづくりではなく、当該事業の関与者に「プラットフォーム」を提供することによって、より多様なユーザーに、より高度な機能を供給することを可能にしていることにある。プラットフォームとは、市場の売り手と買い手が取引を行うことを可能にする機能であり、ルール、規則、ソフト、システムなどの形式を伴なう。一般に、市場とはひと組の売り手と買い手が出会って交換する場であるが、プラットフォームは多くの売り手と多くの買い手が出会うことを可能にする。

 例えば、任天堂は、「Wii」というゲームのハードとプログラムの仕様をゲームソフト開発会社に提供することによって、多くのユーザーに「Wii」のハードと様々なゲームソフトを提供している。この場合、任天堂の「Wii」というプラットフォームは、ゲームユーザーとゲーム開発業者を結びつける機能を果たしている。任天堂はゲーム開発業者にプラットフォームを提供し、ゲーム開発業者がユーザーにゲームを提供するというように、従来はふたつの異なる個々の市場として捉えられていたものを、プラットフォームの提供により、「二面市場」として一体的に捉えられるようになった。

 プラットフォームの主な設計ポイントは、何を実体にするか、何をプラットフォームにのせるか、どのサイドにどのように課金するか等である。また、プラットフォームは、売り手と買い手との相互作用を生み出すことが知られている。つまり、売り手が増えれば買い手が増え、買い手が増えれば売り手が増えるという「ネットワーク外部性」と呼ばれる効果である。この効果によって、プラットフォーム間競争、すなわち、市場多面化競争は、次世代DVDで見られたような「ひとり勝ち」を生みやすくなる。このようにプラットフォーム戦略は、現代の多様化した市場の攻略に不可欠なものである。

 ゲーム市場は、典型的なプラットフォーム市場である。例えば、任天堂は、「Wii」のプラットフォームを提供することによって、ゲームソフト開発者から国内では153のタイトルの提供を受け、約二五〇〇万台のゲーム機を販売している。また、このプラットフォームを通じて、NTTの「フレッツ光」などの通信サービスや約五〇種類のアクセサリーがユーザーに提供されている。つまり、少なくともこの市場は「四面市場」なのである。この「Wii」を基軸とするプラットフォームがソニーのPS3などの他のプラットフォームと激しく競争しているのである。

 この戦略の鍵は、魅力的なプラットフォームを提供することによって、いかに多くの関与者を引き込み、関与者間の相乗作用を作り出して、他のプラットフォームにはない差別的な価値を提供し、どれだけ多くの多様なユーザーに提供できるかにある(図表5-5)。また、ゲーム市場では、プラットフォームごとに差別的な価値が異なり、複数のプラットフォームが存立可能であるが、パソコンのオペレーティングシステム市場や次世代DVD規格などでは、マイクロソフトのような独占的な市場支配を生むことになる。従って、「ネットワーク外部性」の設計が独占的な市場支配力の鍵を握る。

図表5-5.市場多面化による独占的競争-任天堂(Wii)
図表

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市場制覇をめざすものづくりひとづくり戦略 ― トヨタ、パナソニック

 日本企業のもっとも得意とする戦略は「ものづくり戦略」である。トヨタ、パナソニックに代表される戦略である。特に、世界の自動車市場シェアでトップに到達したトヨタの戦略は代表的なものである。単なるハードウェアづくりではなく、作り手の精魂を込めてつくる日本的なものづくりである。

 この戦略の特徴は四つある(図表5-6)。

図表5-6.戦略なき戦略による市場制覇-トヨタ
図表

 ひとつは、品質とコストをトレードオフとして捉えないで同時に達成できる目標と捉え、行動化できる体質を作り上げていることにある。一九八〇年代に競争戦略を体系化したM.E.ポーターの分析によれば、トヨタは単に日々の業務改革を推進しているのであって、「戦略がない」と見なされる。ポーターの戦略論では、商品サービスなどの価値創造におけるトレードオフを見いだしてどちらかを選択することが戦略である。商品サービスの価値を高めていくことと低コストで提供することはトレードオフ関係であり、価値を高めていくことを選択して差別的競争優位を築くか、より低価格で提供できるようにコスト優位を目指すかのどちら一方を選択すべきという、競争戦略論の定説である。しかし、この両方を同時に達成しようとするのが、トヨタに代表される日本企業に多い、ものづくり戦略である。ポーターの戦略パラダイムから見れば、トヨタやパナソニックは、トレードオフ関係を選択していない、つまり戦略がないことになる。しかし、このような品質と低コストを同時に追求するしくみが、日本企業の「ものづくり」、「顧客づくり」そして「人づくり」の業務体質である。

 ふたつ目は、社内外のネットワークを集結したユニークなものづくりへの集中である。顧客に喜ばれるものづくりの成功の鍵は、従来のエンジンだけでなく、半導体などの様々なエレクトロニクス部品によって構成されている。そのため、他社が真似のできない基幹部品と、自動車で「万」レベル、情報家電製品で「千」のレベルの多様な部品点数のすり合わせ、完成品への組み上げなどで高度な品質づくりができる仕組みが構築されている。

 三つ目に、社内外のネットワークのなかで徹底して「ムダ」をなくすシステムが採られ、品質アップとともに様々な工程の合理化による究極のコスト削減が行われている。特に、トヨタでは、多様な車種に対して同じ車台を「プラットフォーム」のように利用して、低コストで多品種化に対応できる体制がとられている。

 四つ目に、品質と低コストを同時に追求するものづくりを支えているのが、「人間」を基本にした独自の「人づくり」である。トヨタのものづくりでの「自動化」は、「にんべん」の「自『働』化」であると言われるように、社員教育に極めて多くの投資を行い、様々な制度が設けられている。

[2011.02 MNEXT]

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