力の論理─世界の戦いの歴史に学ぶ戦略経営法
第四章 力の戦略づくりの実際

2010.11 代表 松田久一

実務家に提案する日本的戦略思考法。

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独創的な戦略発想の上達法

 戦略には特定の条件下では独創性が要求される。その条件とはふたつある。ひとつは、市場の機会や脅威についての分析も、強みと弱みの分析もできない場合である。例えば、市場の不確実性が極めて高く、潜在的なライバルしかなく、イノベーターとして新しい市場を切り開かなくてはならないケースである。もうひとつは、TOWSマトリックスのような戦略発想によって戦略を打ち尽くしてしまい、まったく市場シェアが膠着して収益が悪化しているケースで、現在の競争地位や局面を打開したい場合である。このような場合に、発想の独創性が要求される。この点に関して、リデルハートは箴言を残している。正確に引用する。「歴史的な事実によれは、そのような創造的な知識が戦争の作戦で見られることはほとんどない」と嘆いている。それでは、数少ない独創性はどのように生まれたのだろうか。「軍事科学のあらゆる進歩の芽は、初期の歴史に痕跡がある。新しい技術要素はさておき、方法の独創性は、古いものと新しいものの合成物を選択し、混合し、新しい形に注ぎ込むことのなかにある」。つまり、三千年の軍事史の研究から言えることは、古くさい戦史を学ぶことのなかから独創性が生まれるということである。

 少々、戦史から学び、戦略立案と経営をした体験から言えば、個人が、戦略思考に上達し独創的な戦略発想ができるようになるには三つのことが必要である。

 第一は、「思考の経済」である。戦略発想の難しさは、よく指摘されるように、既存の思考パターンや通念にとらわれ、制約されているからではない。寧ろ、考える自由度がありすぎることである。「白紙」のようなもっとも自由度の高い条件で新しい発想を思いつくことは至難の業である。これは、ヒントありでクイズの答えを考えるのと、ヒントなしで考えるのとの差と同じである。従って、第三章で整理したような対象産業を規定する経済法則や原則、人間集団に共通する戦いの原則などを「定石」、「ヒント」として制約条件を加えていくことが必要である。思考の経済とは、発散しがちになる思考を収束に向かわせ、思考に必要なエネルギーを節約することである。

 第二は、「型」を覚えることである。柔道、空手、剣道などの武道には「型」がある。同じように、企業の課題解決である戦略発想にも型がある。武道は、技を磨き、その使い方をマスターして、人格にも優れた名人を目指す。そのために基本的な「型」を繰り返し学び、勝てる技を磨く。このありきたりの型の練習を通じてしか実際の勝負で勝てる独自の技を磨くことはできない。戦略思考の上達法はこれに似ている。戦略発想で使われる答えの出し方の型を学ぶことによって、実際に応用できる独自の戦略発想を磨いていくのである。

 第三は、アブダクションによるより自由で独創的な戦略仮説づくりを習得することである。アブダクションとは、アメリカの哲学者であるC.W.パースが提唱する問題探求法である。この発想法については後に詳述する。

[2010.11 MNEXT]

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