力の論理─世界の戦いの歴史に学ぶ戦略経営法
第三章 戦いを貫く論理 ― 力の弁証法

2010.09 代表 松田久一

実務家に提案する日本的戦略思考法。

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戦いのミクロ的な心理と行動

 戦いには経験的に導き出せる原則がある。この原則をうまく応用し、戦略に反映させれば、戦いに勝つ可能性は高まる。これらの原則は、外交、政治や、特に、ビジネスに通用するのだろうか。

 この四つの分野は、何らかの力(パワー)をうまく運用することによって目的を達成しようとする点では同じである。従って、敵と目的が設定されれば、使用されるパワーが異なるだけで、力の運用の原則は変わらない。「目的の追求」、「攻勢」、「集中」、「兵力の経済」、「機動」、「指揮の統一」、「警戒」、「奇襲」、「簡明」である。これらは、どの分野でも原則として応用できそうである。恐らく、スポーツでも利用できる。

 それはなぜなのか。従来、例えば、ビジネスの分野では、戦略経営と戦争の戦略とは異質性が強調されてきた。その根拠は、主に二つあった。ひとつは、戦争は、敵と味方の関係であるが、ビジネスはライバル―味方―顧客の三角関係であるという違いである。もうひとつは、ビジネスでは利用されるのはヒト、モノ、金などの資源であり、戦争では、兵員、兵器などであるという違いである。

 現代ではこのふたつの違いはほとんどなくなっている。前者では、現代の戦争にとっては、顧客にあたる国民の支持はもっとも大事な要素になっている。逆に、ビジネスでは、多くの市場の寡占化が進み、ライバルの顔が見えるようになり、顧客よりもライバルの動向が収益に影響を与えるようになっている。後者に関しても、戦争で活用されるパワーは極めて多元化し、物理力で敵に打撃を与えることだけが手段ではなくなっている。一方、ビジネスでは、競争に直接の物理力による「強制力」を用いることはないが、例えば顧客やライバルの行動を「強制的」に変える価格戦略などは日常茶飯事のように用いられる。このように両者は現象的にはより接近してきている。

 このような現象的な類似性だけでなく、戦いの原則が他分野に応用できるのは、参加している人間の心理と行動が同じだからである。つまり、組織及び集団の戦いを、個人の行動に還元してしまえば、同じ行動原理が想定できる。

 戦いでの攻撃行動を見れば、個人のレベルでの攻撃は、限られたパワーの条件で、打撃を極大化し、犠牲を最小化しようとする。ビジネスでは、限られた資源の条件で、利益を極大化し、コストを最小化しようとする。つまり、戦いでも、ビジネスでも、一定条件下における利益最大化行動をとろうとする。別の言い方をすれば、ソフトなパワーであろうが、ハードパワーであろうが、何らかのパワーを行使し、他者の行動を変え、自らの目的を達成しようとすることは変わらない。もし、パワーの手段間に代替性があるならば、コストベネフィット分析(機会費用分析)によって攻撃手段が選択されることになる。戦いでの防衛行動も同じである。限られた条件下で、できるだけ少ないコストで多くの利益(安全)を得ようとする。

 このように、戦いを個人行動に還元したレベルでは、人々は利益最大化、あるいはコスト最小化行動をとっていると考えられる。この行動原則は、戦争、外交、政治、ビジネスでも同じである。このようなミクロな行動的同質性から生まれる「目的の追求」、「攻勢」、「集中」、「兵力の経済」、「機動」、「指揮の統一」、「警戒」、「奇襲」、「簡明」の原則が経験的に導出され、主観的な確率としてではなく、客観的なルールとして他分野での転用を可能にしているのである。

[2010.09 MNEXT]

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