IV. 戦争に学ぶ

イラク戦のビジネス戦略への教訓-戦わずして勝つ

2003.05 代表 松田久一

本コンテンツは、米国陸軍中佐 Robert R. Leonhard(ロバート・R・レオンハード)氏による「"Hyper-War"イラクの自由作戦」寄稿に際し、その序文として執筆されました。

 2003年、5月2日、ブッシュ大統領の「戦闘」終結宣言によってイラク戦争は政治的な決着がついた。しかし、象徴的な意味では、フセイン像が引き倒された2003年4月9日だろう。総兵力約39万人のイラク軍に対し、アメリカ軍は約22万人であった。戦争期間は、約22日、アメリカを主力とする連合軍の死者は157名、負傷者は500名である。この戦争は、戦争戦略に画期的な意義をもたらすだけでなく、恐らく、世界史に大きな変化をもたらすことになるだろう。約2倍の敵兵数に対して、湾岸戦争の約半分の時間で、さらに湾岸戦争よりも少ない犠牲者で政治目的を達成することができたからである。この戦争の本当の勝者は、アメリカではなく、この戦争を世界史に位置づける歴史家であろう。

 1991年の湾岸戦争も画期的な戦争であった。あの戦争での勝利を契機にしてアメリカ経済は浮上したと言ってもよい。アメリカから遙か遠くに展開する約70万人の生活に必要な物資を補給調達する情報ネットワークシステム、圧倒的な空爆による制空権を確立し、戦闘ヘリと一体となった機動部隊による三次元進攻などの新しい戦闘教義が、陸軍兵力で圧倒的に劣勢にある連合軍の完全勝利に結びつけた。1970年代のベトナム戦争で自信を失い、1980年代の経済戦争で日本に劣勢にあったアメリカが一挙に自信を回復したことは記憶にまだ残っている。アメリカの多くのビジネスマンが湾岸戦争から得たヒントを実際のビジネスに応用したであろうことは容易に推察できる。CALS、IT投資によるビジネスイノベーション、モジュール化など推察できるものは幾つもある。

 今回のイラク戦争も数年内にビジネス、特に、戦略思考に影響を与えるだろう。今回の戦争の持つ画期的意義は、まだ、確定することはできない。それはレオンハードの論文に見られるとおりである。最大の教訓は、物理的諸力としての「数」あるいは「量」の原則が崩れたということになる。

 近代戦争の遂行の天才はナポレオンである。後世に理論として残したのはナポレオンに敗北し続けたプロシアのクラウゼヴィッツの「戦争論」である。そのエッセンス、原則のなかの原則を一言で表現しろ、と無理強いされれば、私なら「戦闘場面における数の優位」と答えるだろう。ナポレオン自身に言わせれば、「軍学とは与えられた諸地点にどれぐらいの兵力を投入するかを計算することである」(「ナポレオン言行録」)となる。

 1人が10人と戦う戦闘場面を想像してみる。1人が10人に勝つことはできる。その理屈は、1人と10人がお互い対面して向き合って拳銃を撃ち合う戦い方ではなく、1人が常に移動して優位置を確保し、1人対1人の場面を設定し、それを10回繰り返すことである。つまり、武蔵の吉岡一門との「一乗寺の戦い」の戦法である。武蔵が勝ったのはこの個別撃破の原則を利用し、常に、1人対1人の戦いの局面で戦力と錬度で優位にたったのである。この原則の共通点は、マクロで積分的な総量戦とミクロな微分的な個別戦の違いはあるが、戦闘場面での量的優位が勝利に結びつくという同じ論理が貫徹している。今回のイラク戦争は、この近代の戦略を貫く石のような原則を突き崩した。

 それは情報収集によってよりリアルな状況把握ができれば量的優位がなくても勝つことができるという教訓である。つまり、先の例で言うなら10人のそれぞれの戦闘意志が把握され、戦う意志があるのか、ないのか、どうしたら戦う意志を喪失するのか、という情報が時々刻々と把握され、ひとりひとりに様々なアプローチができるような状況である。戦うという行為は自由意志によって行われる。この自由意志に働きかけることができれば戦わずして勝てるということだ。極論すれば、アメリカはメディアの上では戦争していたように演出したが実際には軍事衛星などの様々なハイテク情報ツールによってイラク軍を詳細に分析し、特殊部隊による工作と海兵隊、陸軍、海軍などが統合的に連携することによって、イラク兵ひとりひとりの戦闘意志を挫く戦いをやった、ということである。よく報道された精密誘導兵器は補助に過ぎなかった。実際、約22日で戦死者157名という数字は、22日間の日本の交通事故死亡者数約600人の約四分の一であり、同じく自殺者数の約1200人と比べると約十分の一という数字である。数と量で戦う時代は終わったのである。

 アメリカ軍が、バスラを攻略できず、チグリス=ユーフラテス川沿いにバグダッドへ進攻する過程で、アメリカ軍の劣勢、約500キロへと延びた兵站、兵力の劣位が盛んに報じられ、長期戦化、泥沼化が懸念された。日本の自衛隊出身の軍事評論家群はアメリカ軍の劣勢を予想した。しかし、結果は総崩れだった。なぜなら、戦争戦略の原則がこれまでのものとはまったく異なっていたからである。また、最大の疑問として劣勢であるにも関わらずなぜバグダッドへ急ぐのかが疑問点として報じられた。

 個人的にも予想を大きく裏切られた。バグダッド攻略をするためには市街戦に持ち込まずに包囲攻略する必要がある。ところが、バグダッドは共和国防衛軍をはじめイラク主力部隊によって何層かの殻のように防衛されている。従って、「おとり」を利用して防衛軍を誘き出す作戦をとっていると見ていた。つまり、兵站が長い少数部隊をバグダッドに進軍させ、イラク軍主力が反撃に出たところを、分進進撃していた部隊を集結させ決戦に持ち込む、という戦術である。しかし、レオンハードの分析によれば、この疑問は、我々がメディアを通じて得られる情報とアメリカ連合軍が認識するものとはまったく異なっていたということである。イラク軍のどの程度が抵抗し、どの程度の反抗能力があるのかを知り尽くしたものであった。つまり、収集された情報の分析と特殊部隊の工作によって、イラク軍の戦闘意志が極めて弱く、抵抗が少ない、少なくすることができるという情報が次々と届き、その情報に従って次々と戦術目標を柔軟に変更した結果であったと言うことである。アメリカ軍は情報を駆使してまさに「戦わずして勝つ」戦略をとっていたのである。レオンハードの帰結である「ハイパー戦争」とは、「もはや戦争とは呼べない戦争」のことである。

 兵とは詭計なり、と言い切る孫子の兵法を文字通り実現できる軍事力をアメリカ軍は世界に示したのである。これはビジネスの戦略論に改めて情報戦の重要性を再認識させる帰結をもたらしたように思える。情報優位を競争力に結びつける戦略の重要性をもたらしてくれているように思う。

 冷戦終結後、軍事力においてはアメリカが傑出し、どの国も対抗できない状況が現出した。ローマが永遠に続かなかったように、アメリカ中心の世界の覇権システムも永遠ではあり得ない。この状況をできるだけ永続し、世界に貢献しようと考えるのは自然な考え方である。先制攻撃や侵略戦争を通じてでもアメリカ型の民主主義と経済システムを世界に普及させようとすることは、衰退するアメリカの将来への自衛権であり、国益だとアメリカ人が考えるのも仕方がない。中国の覇権システムよりは「よりまし」だと日本人が考えて消極的支持をするのも自然なことである。世界史に正義はなく、賢愚のみである。後世の歴史家がこの戦争をどう描いてみせるのか、今は誰も知ることはできない。アメリカ軍に対抗できるものはもはや個人の戦う自由意志でしかないことは確かである。

[2003.05 MNEXT]