アフガン戦争から学ぶ戦略的教訓
機動戦法に学ぶ ─ 経営マーケティングの立場から(序文)

2002.04 代表 松田久一

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本コンテンツは、米国陸軍中佐 Robert R. Leonhard(ロバート・R・レオンハード)氏による「軍事アナリストの三つの読み違い -アフガン戦争の賢い読み方-」寄稿に際し、その序文として執筆されました。

 なぜ、戦争から戦略を学ぶのか。このことをまず始めに明確にしなければならない。それは、人間を主体とする組織間競争の生死を賭けた究極の姿があるからだ。愚者は自分の体験から学ぶ、賢者は他人の経験から学ぶ。賢明な経営やマーケティングの戦略家が戦争という究極の戦いから学ぶべき教訓は多い。

 アフガン戦争でのアメリカ軍の戦い方は、我々に新しい教訓をもたらしてくれた。湾岸戦争が、アメリカ経営に与えた衝撃は大きかった。なぜなら、アメリカの経営者の多くが、日本の経営者とは違い戦争体験を持ち、組織のリーダーとして活躍し、戦争から多くの教訓を得ているからである。アフガン戦争について、軍事戦略の専門家であるレオンハード氏に解説をお願いした。これを読んで頂ければ、日本の軍事アナリストや戦略家と名乗る人々が、いかに武器主義であり、戦争の人間的本質を理解しない解説を行っているかがよくわかる。レオンハードの論文の要点を少し解説してみる(レオンハード氏による寄稿文はMembershipにて掲載中)。教訓は三つである。

 ひとつは、アメリカの軍事戦略は、新しい段階に入り、少々の混乱のなかで生み出された戦略が、代理部隊と特殊部隊のミックスによるアフガンでの戦いであったということだ。アメリカ軍はベトナム戦争で完全に「敗北」した。その教訓が生かされ、戦略理論と組織の建て直しが行われ、見事に復活した戦略が、湾岸戦争での「機動戦略」であった。イラクに対して陸軍兵力で圧倒的な劣位にありながら、空軍による制空権の制圧を背景に、空爆によって、前線部隊の補給と連絡を遮断し、夜間の機動部隊による進行によって、圧倒的な勝利を得た。戦車部隊で数的優位を持つイラク軍も、夜間の敵が見えない状況では、暗視装置を持ち、戦闘ヘリと一体となった戦車部隊に歯が立つ訳がなかった。わずか、二百数十名という犠牲で多国籍軍、その実体であるアメリカ軍は勝利した。アメリカの復活はまず軍事的に始まったと言っても過言ではない。情報と機動性が着目された。今回のアフガン戦争では、この機動戦略が新たな進化を遂げた。アフガン戦争は、多数の正規部隊というよりも少数のゲリラ部隊であった。湾岸戦争の教訓から言えば、補給基地を確保し、機動部隊を投入し、地上制圧を行う戦略が採用されるべきであった。しかし、アメリカは、空軍による制空権の制圧と空爆を行った後、機動部隊を投入せずに、北部同盟という代理部隊と特殊部隊によって、ゲリラ軍を制圧した。レオンハードは、この戦略が湾岸戦争時の戦略とは異なることを明確にし、アメリカ軍の柔軟性と適応性の高さとして評価している。機動とは、相手に対し心理的優位に立ち、常に、軍事的に優位を確保する戦略である。この戦闘パターンが今回も遺憾なく発揮された。ハイテク兵器によって武装し、情報ネットワークに支援された特殊部隊が、ゲリラをピンポイントで攻撃する新しい戦闘教義である。いくら戦闘意志の強固なゲリラ部隊も、気づかぬうちにミサイルで攻撃される恐怖に晒されれば戦意も失われる。敵に気づかれぬ位置からミサイルを誘導するという戦い方は、心理的機動の本質である。

 二つ目は、この新しい戦略が、空軍、陸軍、海軍、海兵隊の組織的競合のなかで、現実的に選択されたことを明らかにしている。このことは、アフガン戦争で採用された戦略が公認されたものではなく、混乱があることがうかがえる。アメリカのアフガン戦争の戦争目的は何であったのか。ビンラディンの確保、復讐、正当防衛など様々な見方があるが、戦争目的は政治目的であることは言うまでもない。アメリカは、テロ対国際秩序という対立図式を演出し、国際政治における協力関係を構築し、軍事作戦を遂行した。その政治目的とは何だったのか。政治目的と軍事目的が整合性を持って始めて戦争は評価される。湾岸戦争は、戦争に勝って、政治目的であるフセイン政権の打倒は達成できなかった。アフガン戦争の政治目的とは何であったのか?アメリカの西アジアにおける軍事的影響力の橋頭堡の獲得と石油利権の確保であったとするならば、その目的は達成されていない。この意味で、特殊部隊の投入ではなく、機動部隊を投入すべきであったという戦略も理解できる。レオンハードは、機動部隊の投入を考えていたようである。

 三つめは、メディアに登場する軍事アナリストや兵学者と自称する輩までの愚かさを語っている。日本のメディアでも、「冬になるまでに」という言葉を耳にタコができるほど聞いた。この説の嘘をレオンハードは指摘している。それ以上に驚くのは、十分承知のうえで軍はメディアの無知ぶりを情報戦として利用していることである。ゲリラがこの情報を真に受け、冬まで持ち堪えればよいという心象を形成したならば、冬場の攻撃が心理的打撃を与える機会をもたらすことになる。これは証明できないが現実には冬場に戦争の山場を迎えることになった。軍事オタクは、戦争は武器で決まると思い込んでいる。しかし、戦争は人間的な心理的な本質によって決まる。「孫子の兵法」が生きている。

 景気が底を打ちつつある。この機を睨んで、新しい展開が必要な時期である。消費者の心理を読み、競合相手に勝つ新しい戦略を打ち出さねばならない。アフガン戦争の教訓は、再び、競合相手に対する機動の重要性とゲリラに対するピンポイント攻撃戦法の重要性を示しているようである。市場において、リーダー企業のシェアを蝕みゲリラ戦法を採る競合企業への攻撃戦略への教訓として読んでみると幾つかの教訓を得ることができる。愚かな戦争のすべての犠牲者を弔う行為は批難よりも平和的教訓を導きだすことである。