世の中の「空気」、「時流」や「風」と呼ばれるものに乗れば一挙に大変化が起こる。衆院選での民主党の地滑り的勝利による政権交代はその典型だろう。空気、時流や風の実体は何なのか。その実体を人々の価値意識の変化からみてみる。一体、2009年度の衆院選ではどんな風が吹いたのだろうか。精度は限られるが、インターネットリサーチの結果から、幾つかのマーケティングの教訓を引き出してみる。
2004年を起点におよそ30項目の意識項目を指数化して分析すると、注目すべき賛成率が上昇傾向にあるのは三つの項目である(図表1)。「何事も地道にこつこつと積み上げていきたい」(77%)、「生まれ育った土地に愛着を感じる」(61%)、「世の中うまくやっていくためには競争よりも協調が大切だ」(60%)である。つまり、極めて勤勉で保守的な協調本位の価値意識が上昇傾向にある。
他方で、下降傾向で注目できる三つの項目がある。「ワンランク上の生活がしたい」(65%)、「自分の能力や可能性を試したい」(54%)、「自分の事を誰かに評価してもらいたい」(45%)である。自分の能力を活かし、新しい事に挑戦することによって、よりよい収入を得て、他者に認められ、自己の目標の実現をめざすものである。よく知られるマズローの「自己実現欲求」である。
この5年、一般的な価値意識の変化として起こっているのは伝統的な保守意識の上昇であり、下降しているのは自己実現を目指した個人主義である。
この期間は丁度、郵政民営化を軸に小泉首相率いる自民党が大勝してからの変化に相当する。グローバルな規制緩和による構造改革で、市場競争による経済活性化がすすめられた。他方で、公共事業は抑制され、グローバルなコスト競争によって地方の雇用を支えてきた製造業が海外移転を進め、地方経済は疲弊した。「ヒルズ族」と呼ばれる「成り上がり」の富裕層が出現する一方で、非正規雇用が増え、低所得層も増加し、経済格差が拡大したと言われる時期である。
つまり、衆院選に吹き荒れた風は、構造改革を支えてきた個人主義ではなく、堅実で勤勉な伝統的な協調主義だった。
風の流れは複雑である。大きな流れは伝統保守の風だが、深部や周辺では異なる流れがあった。世代でみると風の様相は異なってくる。世代とは、同年代生まれで、成長の同時期に、同じような体験をした社会集団のことである。日本は、若い順に、「少子化世代」、「バブル後世代」、「団塊ジュニア世代」、「新人類世代」、「断層世代」、「団塊世代」、「戦後世代」の主に八つの世代で労働人口が構成されている(図表2)。この世代視点を組み込むと、風は異なる見え方をしてくる。
60代以上の「戦後世代」や「団塊世代」にとっては、上昇志向の個人主義のひとつである「ワンランク上の生活がしたい」の項目の支持は40%程度のものである(図表3)。世代的に好印象を残していない「浮かれたバブル時代」や「ヒルズ族」を連想させるからだろう。しかし、20代の「少子化世代」や「バブル後世代」、30代の「団塊ジュニア」の支持は70%を超える。その差はおよそ30%である。
図表3.「ワンランク上の生活がしたい」の支持率の世代差 |
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このことから、全体で上昇傾向のある伝統的で保守的な価値意識は、上の世代の人口構成が増え、主流となっているが、世代別では、個人主義の意識格差は大きいと言える。個人主義的なワンランクアップ志向は、下降しているのではなく、新しい世代だけが支持し、数の多い古い世代がすでに年代的にずっと前に卒業してしまっているのである。
選挙のマーケティング
マーケティングとは、消費者の好意と選択を得るために、消費者満足の追求を通じて行う競争のノウハウである。政党のマーケティングは、有権者の好意と選択を得るために、有権者満足の追求を通じて行う競争のノウハウと言える。この観点から、少々、政党のマーケティングを考えてみたい。
日本の政党は、アメリカと同じようにふたつの政策パッケージがある。冷酷軽税政策と親切重税政策である。日本の政党は、このパッケージを実現するために、有権者の好意と選挙で政党選択を得るために、有権者満足の追求を通じて行う他党との競争を行う。
自民党は、本来は、政権政党として、さまざまな利益団体の利害調整を存在基盤にし、外交政策では親米から中立、内政では小さな政府から大きな政府までの幅広い政策の品揃えを持つ「政策の百貨店」のような政党である。つまり、親米の冷酷軽税党の側面と外交に弱い親切重税党の側面を持つ。実は、民主党も後者に重点があるが同じような二面性を持つ。4年前に有権者が圧倒的に支持した小泉自民党は、冷酷軽税政策であり、それを支えたのは、自己実現志向の個人主義だった。
衆院選市場の変化とマーケティング競争
前回の衆院選に比べて、有権者の「投票市場」の変化は大きく三つあった。ひとつは、高齢化が進んだことである。高齢層の市場が増えた。選挙投票率からみれば、高齢市場は大きなウェイトを持った。ふたつ目は、価値意識が、伝統保守志向へと変化した。三つ目は、価値意識に大きな世代格差が生じた。この三つの変化は、自民党と民主党にともに与えられた条件だった。
この市場変化に対して、どんなSTP(セグメンテーション、ターゲット選択、ポジショニング)でどんな政策で選択競争に臨むべきだったのか。言うまでもなく、世代でセグメントし、高齢層を重点に、子育て層を味方につけ、高齢層の保守意識に訴え、親切重税政策を売り込むことが勝利の鍵だった。
民主党は、「政権交代」を訴えることによって保守意識に自民党の道理批判を行い、子育て支援策によって子育て層を利害で取り込み、重税策を隠して親切な政策を打ち出した。自民党は、「責任力」を訴えることによって保守意識に民主党の政権能力を問い、構造改革路線の転換を隠して親切重税政策を売り込んだ。
この結果は、選挙前の世代別の投票行動の結果に如実にあらわれている(図表4)。全体では、政権交代を望んだのは、過半数に達せず、42%であり、「民主党に投票する」は32%、「自民党に投票する」は12%である。性別世代別でみると様相は異なる。政権交代を60%以上の人々が期待したのは、50代以上の男性の「断層世代」、「団塊世代」、「戦後世代」だけである。この期待は、民主党への投票に直接繋がっている。この意味で、民主党の衆院選の勝利は、「男性中高年による成熟革命」だった。さらに、子育て期の「団塊ジュニア」や「新人類」も取り込んだことも大きい。自民党は、本来の保守党としての支持基盤である50代以上の男性の「断層世代」、「団塊世代」、「戦後世代」をまったく取り込めなかった。他方で自民党は、意外にも、20代の少子化世代では、およそ5%民主党に競り勝っている。これは、彼らが自己実現的な個人主義が強く、構造改革の匂いが残る自民党の方が将来の税負担が軽いと思っているからである。
民主党の地滑り的勝利は民主党の親切重税政策を売り込むマーケティングの勝利である。他方で自民党は、伝統保守の風が逆風となり、セグメントをせず、重点ターゲットを明確にせずに風を読んで品揃えを冷酷軽税政策から親切重税政策に変えて売り込んだが、「志」を失った割高ブランドのように見捨てられた。
マーケティング課題
風はこれからも吹き続ける。民主党は、大勝利をもたらした風が革新ではなく、保守の風であることを読み間違うと大変なことになる。民主党は、参議院での過半数獲得のために、社民党などと連立を組まねばならない。しかし、特に革新政党の支持の風は吹いていない。民主党の旧社会党出身の「左バネ」も衆院選での投票層には好意的には受けとられないことは明らかだ。親切重税政策は高齢層には好評でも将来に税金の負担が重くのしかかる若い世代には不人気だ。民主党が風にうまく乗り続けるには風を読み続けることが成功の鍵だ。
自民党にはマーケティング革新が望まれる。2009年度は保守の風を味方につけることは困難であったが、自民党には負けを最低限に食い止めるマーケティングはあった。新しい世代と都市部を基盤にし、不人気だが敢えて構造改革を継承し、軽税政策を前面に打ち出し、中高年を個別政策で取り込む、なんでも揃う百貨店から専門店への転換も選択肢のひとつだった。この政策を打ち出せば保守層の反乱の風は二分できた。従って、すべての中高年の保守層から見捨てられることはなかった。しかし、長年業界のリーダーシップを握ってきた老舗の百貨店が、戦略目標を下げて、多くの部門を切り捨てて、専門店に集中することは容易ではない。また、専門店を運営するには、ベテランの百貨店の販売員(地元利益誘導型のベテラン政治家)をリストラして、専門知識を持った若手を抜擢することだった。
今後の自民党に求められるのは、地域利益密着の百貨店を業態転換して、利益誘導党、冷酷軽税党、親切重税党の三つのなかのひとつを選択し、保守党としてのアイデンティティを再確立し、政策パッケージを明確化し、新しい世代のリーダーと政策を売り込むマーケティングを革新することである。そして、政界再編のリーダーシップを握ることである。
[2009.09 MNEXT]
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