II. 現代の戦略とマーケティング

2.マーケティングの切り口

顧客を見据えたタテの戦略
─ 2015年の消費はどうなる

2014.12 代表 松田久一

本コンテンツは、2014年11月19日に開催したワークショップでの講演に加筆・修正を加えたものです。
より詳しい内容は、2015年1月に発刊した「比較ケースから学ぶ戦略経営をご覧ください。
(全図表の表示は、メンバーシップサービスでのご提供となっております。 会員の方はこちらからご利用ください。)

 今回紹介するのは「タテの戦略」というネクストストラテジー(Next Strategy)です。日本の企業は戦後に創業し、60年、70年を迎えたところが多くあります。一般的に会社の寿命には30年説というのがあり、儒教の教えでは60年を一巡として捉える、還暦を越える企業が多くなっています。会社のひとつのサイクル寿命が終わる時代が来ています。そのため、会社のこれからの戦略について少し長期に考えていく必要があります。

 タテの戦略とは、20年、30年という長期的なスパンで会社の方向性を考えていくことです。一方で、いわゆるコンサルティング会社などが行うSWOTなどの手法を用いた分析はヨコの戦略で、ある1時点での断面の戦略といえます。

 ここでは、ヨコの戦略ではなくて、タテの戦略をどう考えていくかを少し提案したいと思います。言い換えれば、時代変化によって生まれた機会をどう捉えて、新たな企業の社会的使命をどう捉え直すかということです。

揺れる消費の現在

 まずは、今の消費をどう捉えるかを考えてみます。

 安倍首相が消費税の再増税を1年半、2017年4月まで延期すると発表しました。11月17日発表の2014年7-9月期GDP速報(1次速報)で、実質GDP成長率がマイナスだったため、株価は一時少し値下がりしましたが、結局は戻しました。2014年4月から9月にかけての家計調査は悪かったので、GDP成長率のマイナスは予想通りのような気もしますが、エコノミストはプラスを予測していたためにショックを受けました。

 アベノミクスによる消費への大きな影響のひとつに、将来不安がなくなったことが挙げられます。それによって消費は上昇し、離陸しました。消費税増税前の駆け込み需要は予想以上に大きく、家電製品などの配送のために東京中のトラックが不足するほどでした。この需要は10兆円ほどあったと試算されています。その反動で、増税後は数字が落ち込みましたが、3ヶ月程度で戻るだろうと、当初は予測されていました(図表1)。しかしながらこれが、予想通りに回復しなかったというのが、実情です。

図表1.想定されていたV字回復
図表

 図表2は、消費にまつわる各種指標と百貨店、スーパーなど流通業の売上推移、住宅、自動車、家電などの販売の対前年比を整理したいものです。これをみると、生活関連商品の数字は戻ってきていますが、自動車や住宅の戻りは鈍い。消費は下へ向かって腰折れしたのではないか(図表3)、消費増税や収入減少、物価上昇などから、今後、下降していくトレンドへ変わったのではないかという見方や、そもそもすぐに回復するという期待値が高すぎたのではないかといったことが、今回のショックの要因としては挙がっています。

図表2.消費の現在
図表
こちらより、2013年5月以前のデータもご覧いただけます。

 一方で、雇用の増加、企業の業績回復、日銀の追加緩和で株価などが上昇していくことによる資産の増加、将来の物価上昇を見越して今のうちにモノを買っておこうといった代替効果、などの動きから消費水準が上向いていくのではという見方もあります(図表4)。

長期的に消費は上向く

 また、もっと長期的な視点に立った景気循環論では、これから景気は上昇していくと予想されています(図表5)。この循環論では、設備投資循環など4つのサイクルの複合から景気循環を見ていきますが、その4つのサイクルが上昇局面に入ったといわれています(図表6)。

 世代から見ても、消費は上向く要素が大きいです。世代には、消費が好きな世代と嫌いな世代があり、好消費と嫌消費のサイクルになっています(図表7)。東京オリンピックの開催される2020年、そしてその先の2030年に向け、消費の好きな世代の割合が増えていく状況にあります。そのため、消費は短期的には腰折れても、長期では上向いていくと考えらえられます。

 こういった状況の中で、何に着目していくべきでしょうか。ひとつは、世界的な人口増加です。日本では人口減少が叫ばれていますが、世界的に見ると人口は増え続けており、70億人を超えています。もうひとつは、貧富の格差です。フランスの経済学者、トマ・ピケティは著書「Capital in the Twenty-First Century(21世紀の資本論)」の中で、今後も貧富の格差というのはどんどん拡大していくといっています(図表8)。この本での分析によると、アメリカでは2010年時点で、上位1%の人たちが(労働収入と資産収入の双方を合わせた)収入全体の20%を占めております。こうした動きが、世界各国にどんどん広がりつつあります。2013年にフランスで出版されていますが、アメリカでは2014年春に英語訳版が発売されて以降、ウォールストリートジャーナルやニューヨークタイムズなどマスコミを席巻した本だといっても過言ではありません。この本は、長期にわたる世界各国の資産や所得に関するデータに基づき、「資本収益率が経済成長率を上回る限り、貧富の差は拡大していく」ことを実証しているところが、評価されています。つまり資本主義経済の下では、自然に任せていると不平等は拡大し、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる仕組みになっていることが、長期的にみた歴史的事実としても確認できる、ということです。それを止める方法は、政府による再分配政策(特に資産の再分配政策)と、恐慌や戦争などを通じた暴力的な資産価値の喪失しかないとしています。

 ここで、この理論を紹介した理由は、「収入格差、所得格差、そして日本でいうと世代格差の3つが消費の格差をもたらしている」ということの背景要因にある、中長期的な経済のダイナミズムにも、着目して頂きたいためです。こういった時代に企業が対応して生き残るためには、顧客の分析をするとともに、タテの戦略を考える必要があります。

ヨコの戦略とタテの戦略

 ヨコの戦略というのは、横断的な、現時点での市場の機会を捉えて、目標を設定し、それを達成するための事業活動を行うことです(図表9)。一方、タテの戦略は、会社の歴史、顧客の歴史、つまり20~30年くらいの歴史的経緯を踏まえ、現在の課題を乗り越えるための事業活動やマーケティングを革新することです(図表10)。世代格差、収入格差、資産格差は、日本でもどんどん広がっていくと考えられます。そういった中で、過去を振り返り、改めて自分たちにとっての顧客とは一体誰なのかということを考える時期に来ています。

 時間軸に立って戦略を練るという考え方は、ケーススタディをする際、基礎的な事実確認として当たり前に使われている手法であり、霊長類学なでも利用される個対研究です。時系列で事業活動を整理し、それを社会や経済の歴史を踏まえて議論することです。会社でもこういった取り組みをすることで、新たな発見があるのではないでしょうか。

創業177年のエルメス

 以上のことを踏まえ、2つの事例を紹介します。ひとつは、19世紀後半に創業されたエルメスです。エルメスの始まりは、馬車にあこがれていた初代・ティエリ・エルメスがパリのバス・デュ・ランバール通りに開いた馬具工房に遡ります(図表11)。ティエリ・エルメスは、現在のドイツ・クレーフェルト(当時はフランス領)の生まれで、ユグノー(フランスの新教徒・カルヴァン派)の出身です。彼が生きたのは、レ・ミゼラブルの時代です。フランス革命が終わり、ナポレオン戦争とその後の復古王政を経て、ナポレオン3世の時代を迎えます。当時の人たちにとって、馬車に乗ることはあこがれであり、ステータスでした。創業者のティエリ・エルメスは、馬に付けるハーネスや鐙、最終的には鞍を作る職人になりたいと考えました。ナポレオン3世は稀代の伊達男で、ワインなどいろいろなものを格付けしたことで知られています。パリ万国博覧会もこの時代に始まり、第2回(1867年)パリ万博でエルメスは鞍を出品し、銀賞を受賞しています。ナポレオン3世に認められ、その名が広まりました。一方で、ナポレオン3世の妻、スペインから嫁いだウージェニーも、今でも世界中の多くの人を惹きつけているルイ・ヴィトンやカルティエなどを愛用していました。

 貴族たちから品質の高さを認められ、エルメスは事業を軌道に乗せました。しかし、産業革命により馬車が自動車に取って代わられ、鞍などの馬具の需要も次第に減っていきました。エルメスは、それまでの顧客を失い、まさに事業存続の危機に直面します。この危機を救ったのが、エルメスを引き継いだ2代目、3代目たちです。常に自分たちの顧客を観察してきた彼らは、女性たちが鞍入れを旅行かばん代わりに使っていることに気づきました。当時、富裕層は旅行に出かけるとき、木箱に荷物を入れて運んでいました。しかし、これでは使い勝手が悪い。そこで、女性たちは鞍入れを鞄代わりとして使っていました。これが、現在のケリーバッグになっていきます。バッグの製造に使われる技術には鞍作りの技術が応用されており、1本の糸を2本の針で縫っていくという丁寧な仕事が施されています。現在でも、こういった丁寧な職人の仕事は継承されており、全ての職人はこの縫製技術を3年間学ぶといいます。エルメスの顧客のニーズは時代とともに変化していきました。そのニーズを、エルメスはその時その時で見極めて、満たしてきました。

創業341年の三越-三越伊勢丹グループ

 もうひとつは、三越です(図表12)。2008年に伊勢丹と経営統合を果たした三越は、江戸時代に現在の日本橋で三井高利によって呉服屋「越後屋」として創業されました。現金掛値無しで、定価販売を行い、莫大な財産を築きました。顧客は、当初は富裕層の町民などが中心でしたが、やがて徳川家の御家人などの武家へも広がっていきました。それが、明治維新によって完全に顧客を失ってしまいます。御家人などの武家たちは地元に帰り、富裕層だった町民は没落していきます。越後屋の再建を任され、三井銀行からやってきた日比翁助が、呉服店からデパートへの転換を行うことになります。日比は、アメリカとヨーロッパへ視察に出かけますが、特にイギリスのハロッズの接客に感銘を受け、手本にしました。

 下級武士の出身だった日比には、「士魂商才」がありました。義を尊重する武士道と商才です。義を貫くべき対象を「主君」から「社会」へと置き換え、実際に奉公すべき相手として顧客を「お客様」とみなし、義を通じて利を求めようとする徹底した顧客主義がうかがえます。三越は、顧客へのサービスを徹底する接客によって、日本の中流層に対して「のれん」を築きました。

 以上のように、60年や100年という長期スパンで事業を考えるときに大事なのが、会社にとっての顧客が誰で、その顧客のニーズを何によって満たしていくかということです。エルメスの場合は、顧客は貴族・富裕層。これは現在まで一貫していますが、提供する商品は馬具から高級ファッションブランドへと変化していきました。一方、三越は顧客を武家・富裕町人層から大転換し、中流層を新しいターゲットとして、接客をベースにしたデパートメントストア宣言をするという戦略をとりました。

顧客を見据えたタテの戦略

 会社というのは、時代の使命によって生まれます。そのため、その時代が終われば会社も潰れます。潰れない会社というのは、むしろ例外です。なぜ例外が存在するかというと、エルメスと三越の事例にもありましたように、顧客から見棄てられないように、時代とともに変化していっているからです(図表13)。30年、40年、50年という積み重ねの中で、誰が会社の顧客で、どうやってそのニーズを満たしていくのか、といったことを基軸にしたマーケティングが大事だといえます。

 これからの消費は、これまでとは全く違った構造に変化していくと考えられます。そういう意味で、還暦を迎え、転換期を迎えた会社も、現在のことを考えると同時に、長期的な視野で顧客を見据えたタテの戦略を考える時期にきています。