Ⅱ. 現代の戦略とマーケティング

2.マーケティングの切り口

2015年1月27日 日本マーケティング研究所セミナー
顧客を見据えたタテの戦略

2015.02 代表 松田久一

 戦後の日本社会は、中流階級がふくれあがり、団子のようになっていました。しかし、戦後70年を過ぎ、この社会構造に変化が起こっています。具体的にいうと、いくつかの頂点がある複峰型の階層社会です。この変化に伴い、これまでミドル層を軸にしてきたマーケティングも変化が求められています。

 戦後創業した企業も還暦を過ぎました。これから先も存続していくため、先の時代を見据えたタテの戦略が必要です。1月中旬にKADOKAWA中経出版より、「比較ケースから学ぶ戦略経営」を出版しました。今回は、その中からエッセンスを紹介します。

 タテの戦略とは、危機を乗り越えるために、歴史的経緯を踏まえて事業活動を革新する新しい方針を指します。一方、ヨコの戦略は一時点での市場の機会と脅威を捉え、目標を設定し、それを事業活動に変換することをいいます。これは、一般的にマーケティングで使われるSWOT分析などです。

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01

コダックの経営破綻と富士フイルムの経営革新

 現代社会では、たとえ大企業であっても時代に合わせた変化が求められます。それができない会社は生き残ることができません。その例が、アメリカの名門企業コダックの破綻です。コダックは、ハーバードビジネススクールのケーススタディでもたびたび取り上げられる超優良企業だっただけに、同社の破綻が世界に与えた衝撃は大きかった。一方、そのコダックを必死に追いかけてきた、富士フイルムはそのコダックを追い抜き、今や優良企業に成長しました。2社の差は、どこにあったのか。結論は、それぞれの企業がとった戦略が違ったからです。

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 デジタルカメラの台頭によってフィルム需要が年々20%ほどずつ減少していきました。そういった中で、コダックはモトローラからプロ経営者のジョージ・フィッシャーを招聘。フィルムの落ち込みをカバーするために、ネットワークと消耗品の提供に力を入れ、潤沢だった剰余金を使ってフィリップスなど様々な企業と組んで、新しい商品を模索しました。

 一方で、ソニーやパナソニックなど有力な家電メーカーがデジカメを続々と発売する日本にいた富士フイルムでは、フィルムがデジカメに完全に取って代わるという強い危機感が生まれました。そこで、富士フイルムは本格的にデジカメに参入することを決めました。同社は、独自のCCD技術を使い、他社とは差別化されたデジカメを発売し、人気を獲得していきました。

 また、富士フイルムにとっては、富士ゼロックスを買収できたこともラッキーでした。ゼロックスは、日本名J-starというワークステーションを開発しましたが大失敗に終わり、そのため資金難に陥っていました。そこで、富士ゼロックス売却の話が持ち上がり、富士フィルムにも買わないかという話しが来ました。この買収により、富士フイルムの売上高は、1兆4,400億円から一挙に2兆4,000億円に跳ね上がることになります。

 また、コダック、富士フイルムの両社の組織を比べると、フィッシャーは後にコダックのCEO時代を振り返り、組織が全く動かなかったと説明しています。一方で、富士フイルムは生え抜きの古森重隆CEOの下、危機意識が社員に浸透し、全社一丸となってフィルムからデジカメの方向へと動いていきました。

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02

戦略経営の5つの視座

 このように同じ業界の2社が危機に直面し、どのような戦略をとったのかを見比べてみると、まずはお客さんのとらえ方が違いました。誰をお客さんとして設定し、どんなニーズを満たすのか。そして、他社とは違ったものを作り出す差異づくり、現場で競り勝つ競争力、限られた資源を効果的に投資する集中。この5つの視座(フレーム)で経営を捉えることで、それぞれの会社の戦略を読み解こうというのが、この本で提案していることです。

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 さらに、この5つを時代の変化の中で、どう考えていくかというのがタテの戦略の読み方です。会社を創業すると、関わる企業や業界が広がっていきます。つきあう人や顧客も増え、その会社の世界が膨らみます。会社を船に例えると、これまでの航跡を踏まえて、これからはこの方向に大きく方向転換するという戦略を明示して、舵を切るというのがタテの戦略です。コダックと富士フイルムの違いは、過去を踏まえたタテの戦略のとらえ方が1番大きかったのではないでしょうか。

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 会社の寿命を考えたとき、60年がひとつの大きな節目になります。日本では古い会社でも戦後創業が基本で、戦後70年を迎え、還暦を過ぎた会社が多いです。つまり、ひとつの時代の寿命が終わったと考えることができます。そういう節目にこそ、これから会社が進む方向を示すタテの戦略が必要です。

 この中で、一番重要なのが「お客さま」です。なぜなら、会社を生かすのも、つぶすのもお客さまだからです。そのため、お客さまをどう捉えるのかということが大切になります。

 顧客志向を広告宣伝費に置き換えた量的データから考えると、広告宣伝費が大きくなる、すなわち顧客志向が強くなると、利益率が上がるという傾向がデータから読み取れました。数字的には、それほど強い関係性ではないですが、お客さまを大切にするという志向を持った会社の方が、利益率が高いということが、ある程度はいえます。

03

エルメスと三越の顧客志向

 この顧客志向を、次は質的に考えてみます。取り上げる企業は、フランスのファッションブランド、エルメスと日本の百貨店、三越です。この2社は、会社を生かすも潰すもお客さま次第ということを示す好事例です。

 エルメスは、時代でいうと映画「レ・ミゼラブル」の辺りの1837年に創業しました。創業者は、ティエリー・エルメス。今のフランスとドイツの国境の辺りで生まれ、当時、誰もがあこがれる馬車の馬具を作る職人を目指しました。馬具職人になったエルメスは、その腕を磨き、パリで行われた万国博覧会で賞を取って、ナポレオン3世に認められるまでになりました。エルメスの馬具は人気を博すようになりますが、車の登場で事態は一変します。人々のあこがれは馬車から自動車に移り、必然的に馬具の需要も落ち込みました。そのため、エルメスは危機に直面します。

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 これは、コダックや富士フイルムがデジカメの出現で直面した危機と同じです。これを乗り切るために、エルメスはロシア皇帝など新しい貴族層の顧客開拓に力を入れます。また、富裕層の女性が旅行する際に、馬の鞍を入れるバッグを使っていたことに目を付け、鞍入れを旅行鞄として売り出します。これが後のケリーバッグです。

 このように馬具の需要の落ち込みを乗り切るために、富裕層というターゲットは変えずに提供する商品を馬具からバッグなどの高級品に広げ、ラグジュアリーブランドとして生き残っていったのがエルメスです。

 一方で、三井呉服店(三越)は、1673年、エルメスの創業に先立つことおよそ160年前に江戸・日本橋で開業した越後屋が源流です。340年の歴史の中で幾度となく危機が訪れます。紀尾井町や番町に住む御家人を顧客としていましたが、明治維新でその御家人たちが地元に帰ってしまい、顧客を失います。三井財閥の中で、一番のお荷物になってしまった三井呉服店の再建を任されたのが、三井銀行から派遣された高橋義雄です。しかし、当時の番頭たちの大反対により、改革はうまくいきませんでした。高橋の次に送り込まれたのが、日比翁助です。日比は、任された呉服店をデパートに変えようと試みます。当時の新聞にも、「デパートメントストア宣言」と広告を掲載し、本格的に店を変えていきます。また、欧米の百貨店を視察して回り、イギリスのハロッズの接客方法に感銘を受けて、それを三越に取り入れます。日比は下級武士の出身でしたが、義の対象を主君から新興中流層の顧客に変え、接客重視の百貨店経営に転換。呉服から品揃えを拡大する一方、子供向けイベントを開催するなどして成長していきます。

 おそらく顧客志向のマーケティングが誕生したのは、ここなのではないでしょうか。ドラッカーも著書の中で、日本の顧客志向がマーケティングを発見したと書いています。

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 国も時代も違うエルメスと三越には、共通の原則が存在します。お客さまを大切にしていることと、お客さまのニーズをどうしたら満たせるのかを100年目線で考え続けるということです。物に対するお客さまのニーズは普遍的に存在するが、それを満たす方法はどんどん変化します。その中で、顧客は誰か、どんなニーズか、といったことを長い目で解釈する努力を続けてきたことが、2社の共通点です。

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 顧客を基軸にする、差異づくり、競争で競り勝つ、資源の集中、人づくり、という5つの原則を守っていくことが、会社を長期的な成長に導く秘訣です。

 また、企業の持続的成功には、時代から与えられた企業理念もかかせません。これはドラッカーの考え方にも近いといえます。ファーストリテイリングは、そのドラッカーの経営を最も体現している企業といえるでしょう。ファーストリテイリングは、会社の理念を実現するために社員が存在し、社員は会社の使命を通じて社会と関わることができると考えているからです。

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04

戦後70年-富の格差

 戦後70年を迎え、時代も大きく変わりつつあります。世界的ブームとなっているピケティの「21世紀の資本(Capital)」の中で、彼は資本収益率が経済成長率を上回っていると、資本を持っている人への分配率がどんどん大きくなり、貧富の差が拡大していくと言っています。会社が大きくなっていく中で、その成長のパイを従業員へ分配せず、経営者のみが抱えていると、経営者がお金持ちになって従業員は貧乏になるというのと同じ理屈です。同書はこれをマクロ的に検証しています。

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 特にアメリカでは、所得の上位1%の富裕層が所得シェアの約20%を占めているといいます。日本でもアベノミクス以降120兆円くらいの資産の含み益が出ていますが、それが限られた少数の人たちにしか分配されていません。みんなの給与が上昇していいはずなのですが、賃金は上がりません。どこへいったかというと、やはり株などのリスク資産での運用に回されているのです。

 したがって、ピケティは資本主義で不平等が起きるのは当然のことで、解決策は戦争か政府の再分配策しかないといっています。

 戦前の日本は階層社会でしたが、それが戦争で破壊され、90%以上の人が中流だと思う中流社会が生まれました。それが今、世代格差、資産格差、収入格差などによって複数の頂点を持つ複峰型の階層社会に変化しています。社会がそのように変化すれば、戦後の日本で通用してきたマーケティングも通用しなくなります。それを乗り越えるために、タテの戦略の活用を提案します。

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 また、時代変化に対応できない企業や、トップ交代などで混乱する企業は、21世紀への脱皮が必要です。こういった危機に直面したとき、社員の気持ちを忘れては、改革は進められません。

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 複鋒型の再階層社会では、企業がもう一度、自分たちにとっての顧客は誰なのかを選択する必要があります。さらには、ブランドのクラス化、価格差別化戦略が非常に重要になってきます。小売では、ロングテール小売に対して、自分たちの営業機能をどう組み合わせていくか。ものづくりでは、あらゆる企業が参入できるプラットフォームづくりをしなければなりません。

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 大きく変わりつつある時代の流れの中で、それぞれの企業の顧客もどんどん変化します。その顧客をもう一度見つめ直すことで、30年40年先を見据えたタテの戦略を考え、マーケティング革新を進めていく必要があります。