眼のつけどころ

北朝鮮の戦略を考える

2017.09 代表 松田久一

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 北朝鮮の核開発とICBM(大陸間弾道弾ミサイル)の開発が止まらない。日米による連携や国連の安全保障理事会での制裁決議にもかかわらず、北朝鮮は、国際社会、特にアメリカ、日本や韓国への挑発を続けている。日本政府としては安全保障上看過できない事態である。

 しかし、マスコミの報道で、いわゆる「専門家」と称する「兵器オタク」や「国際政治」の専門家などの議論を聞いていると、隔靴掻痒の感が強い。30万人の無辜の市民が犠牲になった広島原発の何倍かという予測、アメリカが攻撃をする「レッドライン」はどこか、そして国際社会への挑発を繰り返す北朝鮮の狙いの推測に終始している。これでは危機感を煽り、ただ視聴率を上げようとしているとしか思えない。

 そこで、マスコミの議論とは別に、初歩的なゲーム理論、戦史や戦略論、戦略コンサルティングの経験を活用して、企業の戦略立案者や企画系の方々のために、以下の三つの問いについて整理してみたい。

  1. 1) なぜ北朝鮮は挑発行為を続けるのか
  2. 2) アメリカは先制攻撃をするのか
  3. 3) 日本の打つ手は何か

01

なぜ北朝鮮は挑発し続けるのか

 ひとつめの疑問は、なぜ北朝鮮は国連の勧告や「核拡散防止」に反して、核開発やICBMの実験を繰り返すのか、である。答えは、挑発的な対決行為を続けた方が、得られる利得が大きいからである。そして、国連安全保障理事会の制裁決議を繰り返し無視して、核開発を続けるという強い決意を表明することが合理的だからだ。

 この理由は、初歩的なゲーム理論の同時手番の「戦略形」ゲームとして解釈できる。

 ここでは、プレーヤ-をアメリカと北朝鮮、戦略を「協調する」と「対決する」のふたつとする。ゲームを「戦略形」で表現し、利得を図表のように想定する(図表1)。

 この利得の単位や大きさは仮定による。ただ、大小比較ができればよい。ここではまず、国際政治で「軍拡競争」などでよく知られている「囚人のジレンマ」の利得表を仮定した。この初歩的なゲームでも、北朝鮮の戦略を知るうえで大変有益な情報を与えてくれる。

 現実には、プレーヤ-はもっと多い。少なくとも、日本、アメリカ、韓国、ロシアの4カ国がキープレーヤ-である。しかし、北朝鮮にとって現在、外交上の最優先課題となっているのは、アメリカとの直接交渉の途を開き、北朝鮮に有利な形で朝鮮戦争の「終結」に漕ぎ着けることである。そのために、北朝鮮自身が採り得る最も有力な手段として今、核開発とICBM(大陸間弾道弾ミサイル)開発というカードを切り続けている。従って、唯一、北朝鮮のゲームの相手はアメリカである。

図表1.ミサイルゲーム
図表

 このゲームの「ナッシュ均衡」、つまり両国の最適戦略の組合せは(対決する、対決する)である。その結果として、アメリカと北朝鮮が得られる利得はそれぞれ(2,2)である。

 北朝鮮は、アメリカの協調に対しては対決を、アメリカの対決に対しても対決を選ぶ方が、より利得が大きいことになる。つまり、北朝鮮にとっては、「対決する」が支配戦略となっている。他方、アメリカも、北朝鮮の協調に対しては対決を、対決に対しても対決を選ぶ方がより利得が大きいので、アメリカにとっても「対決する」が支配戦略である。支配戦略が存在する場合、残りの戦略は決して選ばれず、プレーヤーにとって事実上無きに等しいものとして扱われる。お互いが、事実上一択となった支配戦略を採り合うために、(対決する、対決する)が唯一のナッシュ均衡となる。

 この利得表をみると、もし両国が(協調、協調)の戦略を採ったとしたら、(対決、対決)で得られる(2,2)よりも大きい(3,3)の利得が得られる可能性がある。しかし、自国が協調という選択を維持したとしても、相手が協調から対決へと戦略を変えれば必ず、相手はもっと高い利得が得られるので、(協調、協調)はナッシュ均衡にはならない(自国と相手の立場を入れ替えた場合でも、同様である)。お互いが協調すれば、対決するよりも高い利得が得られるのに、互いに協調することが最適戦略とならないので、このようなゲームは「囚人のジレンマ(prisoners' dilemma)」と呼ばれる。

 北朝鮮が核ミサイルの開発をやめず、対決姿勢をとるのは、対決することが最適戦略であると認識しているからである。つまり北朝鮮の為政者の認識は、この利得表と同じだということだ。

 従って、北朝鮮が合理的である限り、対決を続けることになる。つまり、北朝鮮の為政者が「狂気」でない限り、核ミサイルの開発をやめないということだ。

02

アメリカは先制攻撃をするか

 ふたつめは、アメリカは北朝鮮に先制攻撃をするかである。答えは、「しない」である。

 前掲の戦略形では、アメリカは先制攻撃を含む対決戦略の利得が大きいという想定になっている。しかし、実際にアメリカの為政者が描いている利得表はもっと違うのではないか、ということである。つまり、アメリカが北朝鮮を先制攻撃しても利益はほとんどない。アメリカ国民の支持を得られるか、巨額の軍事費の対価など、対決コストが大きい。そのため、国益は得られないと評価しているのではないか。これらの評価を利得表に反映させると、アメリカは協調、北朝鮮は対決がナッシュ均衡となる(図表2)。

 北朝鮮は、資源もない。貧しい国家を自国の領土支配下においても損はしても得はない。また、韓国には北朝鮮と統一するコストが大きすぎる。アメリカが、100万人の兵力を投入し先制攻撃したイラク戦争は、大量破壊兵器の開発阻止という大義名分と、巨大な石油産業の利権があった。

図表2.ミサイルゲーム(北朝鮮が読んでいる利得表)
図表

 ゲーム理論ではなく、戦争論の観点からも、先制攻撃をする目的が見つからない。アメリカ軍のベトナム戦争の敗北で、再評価されたK.クラウゼヴィッツの「戦争は政治とは異なる手段で行う政治の継続に他ならない」という原則論は生きている。すなわち、戦争は、政治目的が明確でないと続けられない。具体的には、政権の支持基盤を確立し、国益を追求することに合致しなければならない。

 北朝鮮への先制攻撃に対して、中国やロシアから一定の支持があり、アメリカが防衛という大義を得て、日本などの同盟国からの信頼の確保とともに、同盟国に軍事費負担の増額を受け容れさせるような経済利益がない限り、アメリカにとって、先制攻撃の国益はない。先制攻撃や奇襲攻撃はもっとも優れた防衛手段であるが、それがとりにくい。

 このことも北朝鮮は見透かしている可能性が高い。従って、北朝鮮が核弾頭搭載ミサイルを開発し、挑発と対決を続けても、アメリカは先制攻撃をしないという確信が、北朝鮮の側にはあるように推測できる。

03

アメリカの先制攻撃のコストベネフィット

 それではアメリカ大陸が北朝鮮の核の脅威にさらされてもよいのか。北朝鮮の核の保有を防止することは、アメリカのベネフィットではないのか。また、北朝鮮の核保有によって、世界に核が拡散する脅威を排除することは利益ではないのか。

 このベネフィットは、現実的ではない。

 そもそも「核拡散防止条約」とは、核保有国が自らは核を廃棄しないで、非保有国に核を持たせないという「核保有国のエゴ」の産物である。現在の核保有国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタンの7カ国、そして、北朝鮮が保有を宣言し、イスラエルが実質保有国とみなされている。こういった状況の中で、「核拡散防止」を理由にアメリカが先制攻撃することを、犠牲を伴うアメリカ国民が支持するかどうかは疑わしい。

 また、「核は使えない高額兵器」であるとも言われる。ロシアや中国は、大量の核弾頭搭載のICBMを持っている。核ミサイルは、アメリカや日本に何百発と向けられている。しかし、核兵器は一度使用すれば、核の反撃を受け、自国も消滅する。実際には使えない兵器である。他方で、その維持には、原子力発電所ほどの巨大な維持費がかかる。

 アメリカにとっては、北朝鮮が核兵器を持っても、ロシアや中国に比べて、脅威のレベルは低い。アメリカが「戦略的無視」を継続しても、北朝鮮はいずれ、核兵器の維持コストで自滅するという見方もできる。

 先制攻撃のアメリカのコストは、戦争費用、アメリカ兵の人命、韓国経済の崩壊や難民の流出などになる。

 これを防ぐには、

  1. 1) 超短期戦
  2. 2) 核兵器破壊
  3. 3) ソウル防衛(=攻撃兵器の破壊)
  4. 4) 難民発生の防止
  5. 5) ゲリラ戦回避
  6. 6) 為政者の捕獲
  7. 7) 戦争費用の分担(日本の負担金など)
  8. 8) 復興支援

 を満たす戦闘作戦が立案でき、中国及びロシアの暗黙の了解を得られるかどうかにある。

 この作戦は恐らく可能だが、日本への人的及び費用負担は、相当大きなものになることが予想される。

 さらに、アメリカ軍の補給拠点となる日本には、難民受入問題と「通常弾頭のスカッドミサイル」が200発程度は飛来することが予想される。その人的被害は過去の統計からおよそ数百名の尊い犠牲と推定される。これは、年間の交通事故による死亡者の50分の1である。

 また、先制攻撃のコストを、アメリカ国民、日本国民や韓国国民が支持するかどうかも大きな問題となる。

 このようにアメリカにとってのコストベネフィット分析をすると、必ずしもベネフィットがコストを上回るとは言えない現実がある。

04

北朝鮮の戦略とは

 北朝鮮の戦略とは何か。北朝鮮は、韓国、中国、ロシア、日本に囲まれ、朝鮮戦争でアメリカを基軸とする国連軍との休戦状態にある。軍事力(ハードパワー)、ソフトパワー(魅力的な文化)のどれをとっても、周辺諸国の「パワーバランス」から見れば圧倒的な劣位にある。制海権、制空権もない。経済力は、GDPが約4兆円と日本の茨城県とほぼ同規模であり、ひとり当たりGDPは年間20万円程度と貧しい。

 この国際関係のなかで、プレステージ(尊厳)を持って、世界で生き延びていくためには、資源を軍事力に集中し、通常兵器ではなく、核兵器開発と「負けないという精神諸力」を持つしかない。そして、そのための交渉相手はアメリカしかない。

 北朝鮮の狙いは、自国が生き延びていくために、核兵器を開発し、アメリカに認知させて、国際的なプレステージを確立し、経済再建のための先の大戦の「経済協力金」を「韓国」並みに日本に要求し、朝鮮半島を統一し、核兵器を持ち、一定の経済力もある朝鮮国を再建することである。

 北朝鮮が韓国の文政権の援助や交渉を無視するのは、朝鮮半島で日本統治に抵抗した唯一正統な政治グループは、ロシアに支援された「金日成」にあると信じ、韓国の援助という名の「撒き餌」に飛びつけば、核開発の継続が「チープトーク」であると見られて、アメリカとの交渉力が低下するからである。それよりも、核兵器を開発し、挑発を続けるということを誇示し、日本やアメリカからの利得を得る方がはるかに大きい。

 仮に、北朝鮮が核弾頭搭載のICBMの開発を続け、アメリカが直接交渉に応じ、核保有を容認、協調すれば、北朝鮮の利得は最大になる。アメリカに従わざるを得ない日本は、否応なく、平和条約の締結や支払う必要のない「経済協力金」を当時の韓国並みに支払わざるを得なくなる(10兆円ほどか?)。他方で、アメリカからは、THAAD、ミサイル防衛兵器やF35などの高額兵器を購入する必要が出てくる。

05

日本はどうするか

 三つ目は、日本はどうするかである。

 短期的な答えは、アメリカと北朝鮮が直面しているゲームの構造を変えることで、結果的に北朝鮮を対決から協調へと政策転換させることが重要である。

図表3.ミサイルゲーム(日本が変更すべき利得表)
図表

 つまり、アメリカの対決に対して、北朝鮮が協調した方が、利得が高いという認識を持つことである。そのためにはまず、アメリカが対決姿勢を崩さないこと(つまりアメリカにとって「対決する」が支配戦略となるような国際政治状況をつくり出すこと)である。そして、北朝鮮に対しては、国連安保理による厳しい経済制裁などによって、対決姿勢をとるメリットが薄いということを悟らせると同時に、核開発やICBM(大陸間弾道弾ミサイル)開発停止の見返りとして手厚い経済的、技術的支援を提示するなどして、対決姿勢から協調姿勢に転じた方がよりメリットが得らえるという認識を持たせることが必要である(図表3)。

 このような利得表の認識が形成されると、北朝鮮はアメリカが対決でも、協調した方が、利得が大きいと判断し、政策を転換する。これが日本にとって、もっともコストのかからない政策である。

 この意味で、日本政府が各国と連携して、北朝鮮に経済制裁をかけようとしていることは正しい。他方で、アメリカが北朝鮮と直接交渉して、核保有は認め、ICBMの開発を中止するという協調的妥協を阻止する戦略も打っておかねばならない。アメリカが北朝鮮の核保有を認めることは、日本が北朝鮮から「カツアゲ」されることを認めたことになる。

 勝負は時間だ。挑発と制裁が「無限に」繰り返されると認識されれば、アメリカは協調に傾きやすい(参考文献参照)。他方で、経済制裁が効果を現わし、核兵器の維持コストが増大すれば、北朝鮮も対決から協調へと転換する可能性が高まる。どちらが先に政策を転換するかで、日本への影響は大きく異なる。

 日本が、最小コストで北朝鮮に核開発を中止させるためには、アメリカが「対決する」戦略を維持することが必要不可欠である。しかし、アメリカには先に見たように実際のところ対決の利益がない。従って、日本は、北朝鮮に対して対決は利得を下げることを証明し、他方でアメリカには対決の方が、利得が高いと説得しなければならない。それには、東北アジアに関心の薄いアメリカでの日本支持の世論形成対策が重要である。

06

長期的に日本はどうするか

 長期的には、もはや吉田茂以来の「軽武装経済優先政策」の維持は困難である。アメリカがハードパワーでも、ソフトパワーでも世界を圧倒する時代は終わった。

 戦後の東北アジアの「力のバランス」は、アメリカが圧倒的な軍事力で、制海権も制空権も支配していた。そして、日米安全保障条約によって、日本がアメリカに基地を提供し、日本の安全保障は、アメリカの「核の傘」のもとで、アメリカが「矛」(剣)で、日本が「楯」の役割分担してきた。ところが、アメリカのパワーが衰退し、中国が台頭し、ロシアが復活し、北朝鮮が核武装を急ぎ、韓国の外交政策も揺らいでいる。

 国際情勢の変化によって、日本の安全保障政策は「矛盾」だらけになり、現状では国民の生命と安全を守れないことは明らかだ。日本は、少なくとも自国を守るための機動性に集中した攻撃力を持ち、アメリカの軍事力への従属から対等な同盟関係に発展させ、中国やロシアなどの周辺諸国との新たな多国間の安全保障関係を構築すべきである。日本には、攻撃力もない、核兵器もない「強み」の上で、安全保障戦略の独自の構築が必要である。

【参考】