眼のつけどころ

ブランドのロングセラー化の鍵は「うまいマンネリ」づくり
―市場溶解期のブランド再構築

2017.10.24 代表取締役社長 松田久一

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進むブランドの「高齢化」

 日本の消費財メーカーのブランドの「高齢化」が進んでいる。

 ビール市場では、アサヒの「スーパードライ」が不動の地位を築きつつあるが、発売は1987年で今年は30年になる。それ以前の市場を席巻していたキリンの「ラガー(熱処理したビール)」の発売を、様々な経緯を踏まえて、創業時の1907年だとすると110年になる。今やラガーは「熱処理工程」ではなく、「生」となり「ブランド」である。根強いファンのいるサッポロの黒ラベルは1977年に全国販売され40年になる。ラガーに代わるキリンの看板ブランドの「一番搾り」の導入は1990年である。ビール市場はロングセラーブランド間の「マンネリ」競争である。つまり、現代のブランドの課題は、いい意味での「マンネリ」を巡る長寿化競争である。

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多くのロングセラーブランドは60年代生まれ

 ビール市場だけでなく、現在の大手消費財メーカーの成長に寄与したブランドは1960年代生まれが多い。日本で言えば、「団塊の世代」が10-20代だった頃だ。2020年までに、還暦を迎える。カルビーの「かっぱえびせん」は1964年で51年(才)、「オロナミンC」は1965年の発売で52年(才)、グリコの「ポッキー」も1966年で51年(才)だ。花王の「メリット」は1970年発売で47年である。ホンダの「シビック」が1972年に市場導入され45年である。

 これらの1960~1970年代前半に導入されたブランドは、日本の産業構造が変わり、中流生活が拡大した時期である。伝統的な業種小売業に代わって「総合量販店」が成長し、テレビの普及にともないCMの影響力が拡大し、大量宣伝・大量販売の仕組みに乗って、一挙に市場シェアを獲得し、ブランド地位を確立した。テレビCMさえ投下すれば、「メーカーのブランドもの」として顧客の信頼を得た。

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ロングセラーブランドの価値

 ブランドとは、顧客から見れば、「選択の手がかり」であり、「企業との信頼関係」であり、企業にとっては、巨大な広告宣伝費を累積投下して形成された「認知資産」である。

 消費者にはとっては、市場の多様な商品を選択する負担が軽減され、企業にとってはロイヤルユーザーが存在し、固定客が購入してくれるので、持続的なマーケティングや研究開発投資ができ、さらなる強みが形成できる。ロングセラーブランドは、企業成長の源泉で、消費者にとっても、企業にとっても重要な役割を果たしている。

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ブランドの寿命診断

 ブランドが市場導入から時間が経過し、タイムラインでみると年を重ねることは当たり前のことだ。

 ブランドが健全にロングセラー化している条件は、次の五つである。

  • (1)顧客数の増加(市場の平均シェア)
  • (2)流入顧客の増加
  • (3)固定客比率の増加
  • (4)固定客年齢の安定
  • (5)限界シェアの安定(市場の変化分のシェア)

 例えば、導入期に20-30代が顧客に支持され、その後も流入顧客が増加し、固定客比率が安定し、購入層の平均年齢が安定し、市場増加分の限界シェアが平均シェアを上回っていれば、顧客とブランドとの信頼関係である「認知資産」が生かされ、高い収益を生んでいるロングセラーブランドだと言える。

 逆に、シェアが漸減的に減少し、流入顧客がなく、固定客比率が低下し、固定客の平均年齢が高齢化し、ライバルの限界シェアが自社より高ければ、ブランドは衰退期に入り、ブランドの活性化策がなければ、「刈り取り」戦略しかない。

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ブランドのロングセラー化の鍵は「うまいマンネリづくり」

 ところでロングセラーブランドとは何だろうか?

 それは、顧客にとっては、「大いなるマンネリ(mannerism)」ブランドのことであり、上記の五つの条件を満たしている。「いつもの型どおりの期待を充足してくれる製品サービス」である。否定的な意味では、「新鮮味がなく飽きられている」ブランドということだ。このふたつの評価は、コインの裏と表である。

 ロングセラーブランドの鍵は、この「安定的な期待充足への信頼」と「新鮮味のなさ」のバランスを、どうつくるかにある。バランスがうまくとれれば、ロングセラーとしての条件を満たし、企業に安定基盤をもたらすことができる。

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変えすぎて失敗、変えないで失敗

 日本のブランドは、変えすぎて失敗する。季節に敏感な暮らしの生活が定着している日本では、旬や鮮度が重視される。日本に新製品やモデルチェンジが多いのは消費者が鮮度を求めているからだ。ブランドを変えて、せっかく築いた認知資産と顧客との信頼を壊してしまう。変えてはいけない「マスターブランド」の価値を変えてしまうからだ。

 これに対して、欧米ブランドは、「石の文化」だけあり、モデルチェンジも少なく、変えないことにこだわる。コカ・コーラが発売されたのは1886年で131年である。ペプシコーラは1894年で123年である。花王の戦後の復活の見本となったP&Gの洗濯洗剤の「タイド」の発売は1946で71年である。

 これらのブランドは導入期からブランドコンセプトはほとんど変わらない。しかし、コカ・コーラは、過去に一度味を変えたことで苦境に陥ったことがある。

 これほどロングセラーのブランドが欧米には多いのは、彼らは壊れない「石の文化」であり、自然の猛威や風雪に耐える生活の文化を築いたからだ。また、一神教と多神教の違いでもある。日本は自然と共存し、風雪とともに生きる生活文化である。

 P&Gのブランド戦略は、マーケティングのテキストになったものだが、これはキリスト教文化のなかから生まれたものだ。キリスト教文化のなかで生まれた「清潔」概念が、石鹸製品を必要としたからだ。

 これらのブランドは、後述するブランド戦術のひとつである「ブランドエクステンション」などの施策を活用しているが、「マスターブランド」のコンセプトは、ほとんど変更していない(参照:マーケティングFAQ「どうすればブランド力を強化できるか」)。

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マスターブランドの本質は価値である

 ブランドとは価値である。価値とは、「真・善・美」のように、消費者に提供したい抽象的な理念であり、普遍的に変わらないものである。

 技術革新によって、新しい原料や素材が発明され、消費者に何らかの問題を解決する製品が開発され、商品改良される。この流れを一気通貫しているのが価値である。

 その類い希な製品を広く知ってもらって、多くの消費者に購入して頂き、問題を解決する。そして、問題解決した分が社会への役立ちであり、信頼であり、使命である。

 従って、欧米ブランドは、現状に拘り過ぎて、失敗する。ドイツ車がエレクトロニクスに弱いのは強いエレキの産業基盤がないだけでなく、自動車がエレキ部品を搭載し、機能を付加することに職人的な抵抗があったからだ。ドイツ車が長い間自動ドアを採用しなかったのはその例である。

 提供するブランドの価値が、他のブランドとは違うという「アイデンティティ」である。

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ブランドとはコンセプトで守られる

 マスターブランドは、変わらぬ普遍的な価値を顧客に提供するものである。具体的には、作り手から見れば、ブランドコンセプトの策定であり、三つのことを決めることである。

 実際には、ブランドマネジャーなどが明確な価値観にもとづいて決定する「定義」である。この決定はそう簡単には変えたりするものではない。それが、「いつもの型どおりの期待を充足してくれる」というブランド価値の本質の決定である。

 決めることは、たった三つである。

 これだけを決めることだが、これは実際には容易ではない。すべての内容は抽象的で定義と裏付けを必要とするからである。例えれば、一本の法律を制定するようなものである。

 そして、このブランドコンセプトを、ネーミング、パッケージなどにする具現化するのが、戦術的なブランディングである。

 牛に、他の牧場の牛と間違えないように「焼き印」するのと同じである。人間ならタトゥーを入れるのと同じだ。そう簡単には、ブランドコンセプトは変えられないことはこの例をあげるとわかりやすい。カタカナでコンセプトと表現すると軽くなるので、ブランドコンセプトを敢えて訳すと「哲学」に近い。ブランドの本質は、三つの要素を決めることであり、決める根拠となった哲学のことである。

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時代は変わる

 新ブランド導入は、ブランドコンセプトが決定され、ネーミングなどのブランディングが決まり、顧客との出会いづくりが行われる。そして、ブランドは上市されると、顧客を獲得し、固定客を得て、顧客の信頼を確立し、ブランドとして選択の手がかりとなる。

 ここまでは、ある程度はテキストどおりに進む。但し、ネットとリアルが融合する現代は、テレビCMに多くの投資をしても、顧客との出会いがこれまでのようにはいかない。心理上のポジショニングもできないし、有効でもない。この問題は別に論じた(参照:マーケティングFAQ「どうすればブランド力を強化できるか」)。

 問題は、上市後のタイムライン(タテ)戦略である。時間の流れによって、ブランドのコンセプトが、多くの場合、時代と乖離していく。時代のトレンドが変わり、顧客が変わり、技術が進化していく。従って、ブランドコンセプトは、時代から乖離し、取り残されていく。これにどう対応していくか、タテの戦略がブランドロングセラー化の鍵だ。その鍵は、マスターブランドの再定義であり、ブランドエクステンションなどの手段的な手法をどう駆使するかである。

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マスターブランドを進化させる

 導入されたブランドは、顧客に受け入れられ、顧客との信頼の絆が形成されている。このブランドの本質であるブランドコンセプトは変えることはできない。顧客を裏切ることになるからだ。他方で、時代に合わせて「進化」させることは可能だ。

 進化の軸は、ターゲット-誰に、顧客ニーズ-どんなニーズを充足するか、提供する機能や属性-どんな技術で満たすか、の三つである。

 1970年、花王のシャンプーのロングセラーブランドの「メリット」は、「Z-PT(ジンクピリチオン)」を配合して、「フケかゆみを止めるシャンプー」というニーズを狙って成功した。現在は、成分を「グリチルリチン酸ジカリウム」に代え、「地肌すっきり泡シャンプー」としてニーズを捉え直し、「ノンシリコン」などのトレンドも取り入れファミリーユースを訴求している。

 これは、三つの軸を変えずに、コンセプトをうまく進化させたケースである。マスターブランドの進化は、ターゲット層をどう拡大し深掘りするかである。

 三つのオプションがある(図表1)。

図表1 セグメントとターゲティングの考え方
図表

 このオプションの選択は、世代などの様々なセグメントを試みた上で、(1)すべてのセグメントをターゲットにする、(2)特定の価値を持つ世代をターゲットにする、(3)特定の生活条件を持つ年代やライフステージをターゲットにする、である。

 そして、このターゲットの設定の方法によって、ブランドの年の重ね方が変わってくる(図表2)。さらに、この三つには、ブランドの長寿化のためのそれぞれの長短があるが、自社がどれを選択するか、結果として、どうなっているかは、マスターブランドを再確立する上で明確に把握しておく必要がある。

図表2 時代とロイヤリティ層の変化への対応策
図表

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うまいマンネリづくり

 マスターブランドを再確立は、ブランドコンセプトの進化にある。そして、より具体的には、「飽きないマンネリ」を確立することである。

 落語はその典型だ。顧客は、話もオチもわかっているネタを聞いて面白いと思う。それが落語であり、ネタは同じで、違うのは落語家とその話芸である。

 同じように、ロングセラーのドラマもマンネリが大切だ。1000話続いた「水戸黄門」はオチがわかっているがみてしまう。最近なら「相棒」や「ドクターX」もそうだ。アメリカは、もっとロングセラードラマが多い。

 「Law & Order (ロー&オーダー)」は、アメリカのNBCが1990年から放送し始め、2010年まで約20年間続いた。シーズン20まで続いたので全400話以上だと思われる。

 ニューヨークの実際の三面記事をもとに脚本が書かれ、犯罪捜査から起訴、そして判決までの一貫した流れで、刑事の捜査と検察による起訴と陪審員評決が描かれる。このドラマには、ブランドエクステンションともいえる多くの派生版がある。「ロー&オーダー:犯罪心理捜査班」、「ロー&オーダー:陪審評決」、「ロー&オーダー:LA」、「ロー&オーダー:UK」、「ロー&オーダー:SUV」などの派生版があり、「SUV」は現在も放送されている。

 さらに、2003年から始まったCBSテレビの「NCIS~ネイビー捜査班」もシーズン14を終え、継続中である。派生版も「NCIS:ニューオリンズ」があり、終了したが、「NCIS:LA」は現在も放映中である。このドラマは、アメリカの海軍関連の犯罪捜査のドラマであり、機密漏洩やテロなどを扱っている。このドラマも、勧善懲悪ではないので、オチはわからない。他にも、「CSI」や「FBI心理分析官」などのシーズン化されているドラマをあげればきりがない。

 これらのロングセラードラマは、「フォーマット」と呼ばれるようにパターン(型)が決まっている。個性的な刑事が捜査し、地方検事補が起訴し、裁判で争い、陪審員の判決で終わるというものだ。1話完結だが、刑事、地方検事補や主任検事補や地方検事の人生も織り込まれる。但し、「勧善懲悪」ではないので、違法捜査などで証拠が認定されず、立証できないことで犯罪者が無罪になることはよくある。

 ブランドのロングセラー化に引き寄せれば、ロングランの秘訣はコンセプト(=フォーマット)に「型」があり、それを変えずに、脇役やスマホなどの小道具を変えて、視聴者が主役とともに年を重ね、出世し、時代環境に適合させていくという原則だ。主役が年を重ね、出世していくというのは日本のドラマにはそうはない。「相棒」の右京さんはキャリアにも関わらず、15年間「警部補」のままである。水戸黄門は、「天下の副将軍」で地位は変えることができないので、主役が変わって、ほぼ新しいドラマになってしまう。この時代変化への適応のさせ方が、アメリカの方が、「リアリティ」のあるマンネリ番組が多い理由なのかもしれない。この点は、マスターブランドの再定義のポイントとして学ぶべきだ。

 マスターブランドの確立も、コンセプトを進化させ、「型」どおりの満足という変えないものと、時代環境に適合させて変えていくものを明確にして、固定客を守りながら新しい顧客を取り込んでいく工夫をすることだ。それが「うまいマンネリ」づくりになる。衰退していくブランドは、このバランスを間違えたことによる。

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マスターブランドを基軸に四つのブランド拡大手法

 マスターブランドが確立されると、「いつもの型どおりの期待を充足してくれる」という信頼感が形成される。「うまいマンネリ」が定着する。しかし、時間を経ると、顧客数は増えず、流入層もなく、固定客も増えず、固定層の高齢化が進み、限界シェアも他ブランドに負けてくる。衰退の兆候である。

 これへの対応は、マスターブランドを進化させると同時に、様々なブランド拡大戦術をとることである。主に四つの手法がある(図表3)。

図表3 ブランドロングセラー対策
図表

 「ブランドエクステンション」とは、ロングセラーブランドが確立されているカテゴリーとは異なるカテゴリーに参入することである。エルメスはバッグ、シャネルはファッションでブランド確立しているが、それらのカテゴリーだけでなく、時計などのほとんどの身の回り用品のカテゴリーに、ブランド力を生かして参入している。

 「サブブランディング」とは、特定機能や特定層向けの特化した特徴を持って顧客層を拡大することである。例えば、ナイキは、競技別のスニーカーのブランドとして知られているが、他方でバスケットボール用のシューズでは、「ジョーダンモデル」のような特定アスリート名を冠にして、特定用途を訴求したモデルを準備していた。

 「ディフュージョンブランディング」とは、ロングセラーブランドの品質を変えて、より低価格で参入することである。例えば、男性用のファッションブランドの「アルマーニ」は、「エンポリオ・アルマーニ」、「アルマーニ・エクスチェンジ」などのように、より普及価格帯のブランドを導入し、若い層の拡大を狙っている。

 「プレミアムブランディング」とは、ディフュージョンブランディングとは反対に、品質をさらに上げて、より高価格で顧客層を拡大することである。ベンツ車のなかでもっとも高級とされる「メルセデス・マイバッハ」のような展開だ。

 これらの四つの手法によって、ロングセラーブランドの顧客層の属性拡大を狙うトと同時に、マスターブランドの再確立を狙う。

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市場溶解期のブランドロングセラー化戦略

 ブランドをロングセラー化するには、マスターブランドを再確立し、「うまいマンネリづくり」が必要だ。しかし、これを実現するには、これまでのマーケティングでは難しい。いくらブランド哲学を堅持しても、ブランドとの信頼関係を形成する顧客接点が根本的に変わってしまっているからである。

 市場が、生活者の変化とIT技術の変化によって、成熟期から「溶解期」に入っているからだ(参照:眼のつけどころ「市場溶解期の再成長戦略」)。従って、ロングセラーブランドの本質的な解決策は、ここで提示した策に加えて、ものづくりで付加価値をつけて売るモデルから、新しいモデルへの革新が必要である。マスターブランドの認知資産を基軸にした、売り手と買い手を結びつける「市場プラットフォームモデル」への転換である。そして、それを実現するための「チーム主導型の組織づくり」をすすめねばならない。しかし、この論点は次稿の「ビジネスモデル革新のための組織変革論」に譲ることにする(連載予定)。

書籍イメージ

2017.11 発行
版形:A4版カラー
本体9,260円+税

顧客接点のメルティングとアイデンティティ消費

発刊以来15年間の知見とデータから「今」を鋭く分析し、「半歩先」を提案
オリジナルの時系列調査から現在の消費者の実像に迫る
中長期だけでなく、短期のマーケティング戦略を構築するための基本データが満載