眼のつけどころ
なぜ消費の失速感は強まっているのか

2016.03 代表 松田久一

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 消費の先行きがはっきりしない。むしろ、失速気味である。

 なぜなのか。収入、所得が上がらないからと答えるのが、一般的だろう。

 昨年は、名目では賃上げが実現できたが、物価を考慮した実質ではマイナスだった。2016年に入って、賃上げの労使交渉が進む中で、政府の期待や要請を裏切って、大手企業のベースアップはわずかなものにとどまった。円高基調への転換で賃上げを判断する経営者は、海外市場に依存しない小売などの国内企業に限られる。その結果、金融緩和→円安→企業収益拡大→賃上げ→消費拡大→経済成長→企業の収益拡大というデフレ脱却による「アベノミクス」の成長戦略の経路は断たれた。ここで、法案通りに、消費税10%への再増税を進めれば、消費拡大の道は完全に断たれる。アベノミクスを支持してきた、ノーベル経済学賞受賞者であるP.クルーグマンや最近、政府の要請で来日したJ.スティグリッツも、増税反対を提案した。

 しかし、どうして消費増税は、消費成長に大きな足かせとなるのだろうか。クルーグマンも、スティグリッツも、金融緩和と消費増税とが「論理的に矛盾している」からだ、としか言っていないように思える。

 新たな「貿易理論」や「情報の経済学」を切り開いた大家にわからないことを、私がわかるはずもない。ただ、ノーベル経済学賞は、ノーベル賞のなかでも特殊で、別名「スウェーデン国立銀行」賞や、圧倒的にアメリカ人に受賞者が多いことから、「アメリカ経済学会賞」とも呼ばれる。他のノーベル賞、例えば、新しい法則や現象を発見したというような物理学賞などとは少し違う。

 少々、市井の私見を申し上げる。消費の不透明感は、平均余命の延長と高齢化が大きく影響しているように思う。この理由を、経済学のいわば定説である「恒常所得仮説」を応用して説明してみる。

 恒常所得仮説によれば、現在の消費水準は、「予想される生涯収入」を平均余命で「平準化」(スムーシング)したものになる。単純化のために、「動学的な」貯蓄は考えないことにする。

 大卒なら税込みの生涯収入は、3億円ほどになる。さらに、生涯プランとして、結婚、持ち家、車、子供ひとりを想定すると、税金などで6,000万円、持ち家は約3,500万円、教育費は2,000万円、車の生涯購入費は1,000万円となる。これを引いて、平均余命を60年と想定する。この前提では、年間平均収入は約292万円、月収で約24万円になる。

 消費を活性化するとは、収入条件からみれば、「予想される生涯収入」を増やすことである。短期的な収入上昇は、持続的な消費水準の上昇には繋がらない。長期的には「予想」の中身が重要だ。将来不安、世間の「空気」、自己能力評価、賃上げ予想、物価上昇、世代の持つ価値観などが漠然と組み込まれたものだとしかいいようがない。そして、支出条件からみれば、所得税や消費税などの税金の多寡や、持ち家、車、教育投資などの有無が、その他の支出項目への消費水準の大小を決めることとなる。