消費の弱い時期の「安売り回帰」は正解か?

2016.09 代表 松田久一

 消費の弱い状況が続いている。円高を背景に、カルティエ、グッチ、シャネルなどのインポートブランドは値下げが相次いでいる。さらに、高級商品が牽引してきた百貨店が再び低迷しはじめ閉店の報道が続いている。ユニクロ、無印良品やニトリも値下げに再び舵をきっている。

 7月の総務省の「家計調査」は、前年比で実質0.5%の減となり、5ヶ月連続の減少となった。他方で、失業率は3%にまで減少し、厚生労働省の「毎月勤労統計」でも、実質賃金は前年同月比で2.0%の伸びで、6ヶ月連続の増加となった。ウォールストリートジャーナルは、失業率が改善しても、消費が増えないという、諸外国ではみられない現象を「日本の謎(Japanese Puzzle)」と呼んでいる。

 これは、以前も論じた「家計調査」には消費が弱めに出るという「クセ」があることを無視できない。しかし、メーカーなどの売り手からみれば、消費が弱めで、失業率の減少などの追い風のない今は「なぎ」状態というのが実感である。

 この状況で、値下げがマーケティングの最適解かというとそうは思わない。むしろ、価格と品質の信頼感を失い、ロイヤリティの低い低価格層が増えるだけだ。

 恐らく、消費者の階層化が進み、商品サービスへの「支払意志価格(Willingness To Pay=WTP)」が分化したのだ。市場が分割されたことが本質的な問題であり、この市場変化への対応がベストな解決策である。それは値下げではなく、「価格差別化戦略」の導入だ。

 少々、経済学的で面倒な説明をする。アベノミクスによる資産格差、実力主義による収入格差、成熟社会における商品の関与度(関心)の格差によって、同じ商品でも支払ってもよいと思う価格(WTP)は消費者によって大きく異なってきた。伝統的な鰻丼の価格戦略は「松・竹・梅」という上中下の価格政策である。しかし、実際は、「松」は見せ筋、「梅」も違った意味の見せ筋で、「竹」に集中するように設定されていた。それは需要曲線がひとつであったことからできたことだ。しかし、現在は、「松」「竹」「梅」それぞれを選ぶ消費者が明確になってきたということだ。つまり、鰻丼の需要曲線が、ひとつだったものが、「需要の価格弾力性」の異なる三つに分化したということだ。(図表)

図表 なぜ価格差別化戦略の導入か -消費者のWTPの格差拡大
図表

 このような状況で、竹だけを売っていた企業が、値下げをして梅だけを売るようになったらどうだろうか?

 例えば、すべての顧客がワンメーターの距離を利用し、タクシー料金のワンメーターを、730円から410円に値下げしたら、需要の価格弾力性を「e=1」とすると、およそ1.8倍の客数が増えないと売上は維持できなくなる。これは不可能に近い。

 タクシーは利用する人はする、利用しない人は利用しないという傾向が強い。つまり、移動の「面倒くさがり屋」なので需要の価格弾力性は高い(e>1)と推定される。したがって、恐らく客数は倍以上、あるいは利用回数が倍以上になることを必要とする。消費の弱い時期、値下げは最適解ではない。「松・竹・梅」を明確にした価格差別化戦略が収益最大化に有効である。この意味で、よいものを一物一価で安く提供するという価格政策が、失業率が減っても消費が弱含みである要因のひとつになっている。

 この時期、実務として自社の需要関数の推定と需要の価格弾力性を測定し、価格政策を見直すことが必要である。なお、「日本の謎」については、10月26日、27日に弊社で開催する「消費社会白書2017」のワークショップでみなさんに回答を提示したい。