I. 消費社会をどう読むか

1.消費トレンドを読む

「腹八分目」消費へ加速-震災後の消費スタイルの変化

2011.07 代表 松田久一

 東日本大震災によって消費は大きく変わったのか。結論を先取りすれば、「腹八分目」消費へのトレンドは変わらず、そのスピードの勢いが増したようである。

 2011年2月以降は、2008年のリーマンショック以後、不況からの回復過程にあり、ようやく消費にも明るい兆しが見え始めていた。そして、消費のトレンドが大きく変わりつつある時期でもあった。

 消費トレンドの変化、それは、戦後日本の豊かさの象徴ともいえる商品サービスが、若い世代で人気を失ったことである。クルマ、大型薄型テレビなどのAV家電、欧米などへの海外旅行、インポートブランドなどである。40代以上の世代なら、独身社会人の時期に借金をしてでも手に入れたかったものである。また、結婚すれば、30年ローンを組んでマンションや一戸建てを購入し、家を最新の家電で満載に、子供ができれば教育投資をしてきた。そして引退後は年金暮らし、というのが平均的なサラリーマンの消費スタイルだった。

 ところが、かつて人気のあった「選択的耐久財やサービス」は、1980年以降に生まれた世代にはあまり人気がない。それどころか、関心さえ持たれていない。若い世代に人気があるのは、インポートの自転車、美味しいごはんが炊ける高級炊飯器、エステ家電、海外旅行に出かけるなら携帯電話がすぐつながる時差のない国、そして、雑誌の付録としてもらえるブランドバッグや小物である。

図表1.平均消費性向の年代別比較(5歳区分)
図表

 家計調査によれば、可処分所得に占める消費支出の割合、すなわち、平均消費性向は、30代から40代前半がおよそ70%、40代後半から50代が75%、60代以上が約90%である(図表1)。20代後半は約74%と30代よりは少々高めだが、現在の40代~60代が20代だった時代と比べれば極めて低い。従って、若い世代の預貯金額は上昇していると言える。近年の大学生は、親から仕送りを貰い、奨学金も貰い、アルバイトをして、就職時には100万円以上の預貯金をもっているというのが常識だと言われている。また、20代の平均貯蓄額は2010年で約235万円とそれまでと比べて漸増傾向にある。

 エコカー減税やエコポイント制度によって、実際に自動車や家電を購入していたのは、40代以上の世代だったことが知られている。すなわち、現在、日本の消費を支えているのは、人口が多く、平均消費性向の高い成熟世代なのである。また、地方の経済は、政府債務の増加によって抑制されている公共事業に代わり、増加する高齢者向けの医療費に依存していると言っても過言ではない。つまり、地方経済は高齢化によって支えられている面を持っている。少子高齢化が日本経済を低迷させているというエコノミストもいるが、その論理はあべこべであり、生活者や消費者の現場から見れば、逆立ちした議論である。

 では、どうして1980年以降生まれの若い世代は消費に向かわないのか。それは彼らが成長してきた時代背景に関係があると見ている。1995年の「阪神淡路大震災」を、感受性豊かな10代の時に体験したのが彼らである。自分の信念、自信や価値観を形成する10代に、バブル崩壊、構造改革、いじめ問題や政権交代などを体験し、社会意識と社会秩序が大きく動揺し続けていた時代を経験した世代である。その経験を通じ、モノを所有する「満腹」のリスクをもっともよく知り、「腹八分目」のよさをよく知っているのが彼らなのである。

 3.11の大震災によって、もっとも大きく変わったのは、彼らの消費スタイルが、全世代に波及し、消費トレンドのリーダーシップを握ったことである。都心の高層マンションの人気がなくなり、クルマを手放す50代も増えている。

 彼らがリードしている震災後の消費のトレンドは四つある。このトレンドを「DACS消費」と呼んでいる。

 第1は「日常(Daily Life)」消費、すなわち、日常を楽しむ消費である。

 日常的に使わない商品サービスを購入し、長期のローンを組んでふだんの生活を犠牲にするよりも、日々を楽しみたい、そのための消費は惜しまない、という価値観である。

 また、家事は苦痛だから「解放」されたいという発想はしない。家事は、実は面白い事だと捉えられているのである。「うまく掃除ができたらスッキリする」、「綺麗に食器が洗え、並べることができれば気持ちがいい」。高額な「かわいい」掃除ロボットや、高級コーヒーメーカーも売れている。外食をするよりは、インスタント食品や加工食品への「ひと工夫」、「ちょい足しクッキング」で「イエ」食を楽しむ。仕事には限度があるが、家事には限度、キリというものがない。それとうまく付き合って、楽しんでいこうという発想の切り替えが生まれている。

 第2は、「感情(Affection)」消費である。合理的な理由ではなく、感情的な理由で消費を行っている若者は多い。例えば、多くの消費者は他者からスマートに見られたいと思っており、逆に言えば、「バカじゃないの!?」と友達から言われたくない気持ちが強い。インターネットでの高額品の購入やお取り寄せは、誰にも知られずにできるからバカにされるリスクは少ない。また、ドラッグストアで1,000円以下のコスメ関連商品が多く購入されるのも、失敗してもリスクが低いから、という理由にある。

図表2.年代別1年以内の衝動買い経験率
図表

 また、好き嫌いのはっきりした感情を刺激し易いのは、視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚であり、嗅覚を刺激することで商品を売ろうとする店舗も出てきている。そして、脳内では、理性は感情に勝てないことが知られている。その証拠として、若い世代では、男性は約85%、女性は95%以上が1年内で衝動買いを経験しているのである(図表2)。消費をするために理性で合理的な理由を求める一方、感情や情動の訴求には弱いことが言える。

 今や、「男の子は泣いてはいけない」と叱られた時代から「泣く男の子は優しい子だ」と褒められる時代になり、感情を表に出すことが許されるようになったことが、トレンドの背景にあると考える。

 第3は、「つながり(Connection)」消費である。

 家計調査の費目を、2011年3月の対前年同月比でみると、驚異的な伸びを示している費目があるが、それは、「寄付金」である。218円から2,089円へと、958%の伸びである。震災後、ブログやツイッターでは、寄付金額の誇示や競争の様相を呈している時期もあった。この背後には、自己利益だけでなく社会への貢献がしたいという志向性が垣間見られるだけでなく、消費によって他者との「つながり」を求めていく傾向がみられる。住宅やクルマをシェアリングすることも、高品質なものを割安に使いたいというニーズだけでなく、寧ろ、シェアをすることで他者とのつながりを求めているのではないだろうか。つまりこれは、現代人の「無縁」や「孤独」の裏返しである。

 第4は、「安全安心(Safety and Peace)」消費である。

 震災や福島原発問題で、多くの消費者が求めているのは「安全安心」である。特に、食品や飲料に強く求められているのは言うまでもない。

 震災後、水などの一部商品で買い占めが問題になった。「安全」で「安心」できる「水」を求めて多くの消費者が行列を作ったが、並んだのはふたつの層である。ひとつは、放射性物質による甲状腺がんの発症が懸念される乳幼児の母親層、もうひとつは高齢層である。母親層が買い占めに走ったのは、我が子のために必要だったからであるが、しかし、甲状腺がんの発症率に顕著な上昇がみられない高齢層はなぜ行列を作ったのか。その理由は次のように考えられる。放射能という自分の体にとって大変重要な問題がマスコミで過剰に報道された。心配と関心が増大する一方で、自分がどう対応すべきなのかはまったく報道されなかった。つまり、過剰な情報下で、自分の行動に関する情報の不足が生まれ、母親層の模倣が行われた、のではないか。「安全安心」を求める消費の背後には、それを情報伝達する難しさと、横並び行動が生まれやすい他者依存志向の強まりをみることができる。実は、この他者依存志向が強いことが若い世代のもっとも大きな特徴である。例えば、高齢層が店の行列を参考にして行動するなら、若い世代は、ネットのランキングを参考に行動し、その情報なしには商品もレストランも選べないほど依存している。

 最後に、今後の見通しで結びたい。阪神淡路淡路大震災後、一時的に需要は落ち込んだが、政府や地方公共団体の財政出動によって、特需が生まれ、個人所得が上昇し、一時的に需要は膨らんだ。しかしその後、消費は長期低迷となり、「失われた20年」へと繋がったことは言うまでもない。

 世代の歴史における因果の糸車は、消費が、節約や節電に励む「腹八分目」を規範に、「日常(Daily life)」、「感情(Affection)」「つながり(Connection)」、「安全安心( Safety and Peace)」、つまり、「DACS消費」へと変化のスピードを勢いづけたようだ。

 東日本大震災は、阪神大震災当時に10代だった子供達が成長し、独身社会人から結婚、子育て期へ、そして、消費のリーダーへと台頭しつつある時代に起こった。需要のミスマッチを拡大し続けた「失われた20年」を「30年」にしないためにも、加速する消費者の変化を捉え続けていくことがますます重要となる。

[2011.07 J2TOP]