スマート消費の時代
消費社会白書2010巻頭言

2009.11 代表 松田久一

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 自分の理想や夢を望んで周りと衝突するより、空気を読んで皆にあわせていった方が楽だ。「万人の万人に対する気遣い」の時代がやってきたようだ。豊かな社会で志向されると信じられた個人主義的な自己実現意欲が低下している。2009年の時代意識は、政権交代のように、五年前と比べて、まったく反転してしまった。

 なぜ、このような価値意識の大転換が起こったのか。それは、好況下で隠されていた価値意識の格差が不況によって表面に現われ、世代交代によって格差の拡大に拍車がかかったことが大きい。特に、自己実現志向が低下したのは、旧世代においては、不況の下で自己実現が経済的に挫折し、内閉的な「私化」を強め、新世代が、他者依存的な自己実現志向を強く持っているからである。

 他者依存時代の消費は変わる。「スマート消費」だ。スマート消費に対応するには、商品サービスが、安くて節約になるだけでは十分ではない。何よりも、周りに「スマート」だと思って貰えることが条件だ。周りを過剰に気にする消費者が最も恐れるのは「愚かな選択」だと思われることだ。自分が気に入ったので、割高だけども買ったではすまない。

 買い物行動も変わる。買い物は、負担だけが増え、楽しくないイベントに変質してきている。その分だけ、選択情報が豊富で、比較購買のしやすいネットチャネルがシェアを高めている。もはや、リアルチャネルもネットチャネルもない。人の集まるところ、情報が集まるところが選択の場だ。

 見えてきた21世紀のスマートな消費者に売りの説得をするのがこれからのマーケティングだ。もはや、自社の商品サービスを通じた消費者理解、ものづくり偏重の製品差別化、値引き発想の価格、共感による反復説得、配荷率優先のチャネル選択、条件交渉中心の営業力を要素とする古いマーケティングでは通用しない。

 新しいマーケティングはまず、世代を切り口に消費者を捉え、売りの説得軸でマルチセグメントしてみる必要がある。製品は、安いだけでなく、ものづくりがしっかりして、情報性や提案性がないとスマートに見えない。価格は、安いだけでは説得力がない。「無料(フリー)」と「追加価値(プレミアム)」をうまく組み合わせることだ。「フリーミアム」(クリス=アンダーソン)である。消費者は悩みの理解者の提案しか受け入れない。プロモーションの鍵は信頼を獲得できる生活テーマの深堀である。決済の現場はどこでもいい。説得による選択の場が、実際の売り場であろうが、サイトやブログであろうが、売りの現場である。

 新しい消費者に対応する一連の売りの政策を「スマートマーケティング」と呼べば、それは五つのPを持つことが必要だ。セグメント(STP)では世代の見極め、製品(Product)では情報価値の付加、価格(Price)ではフリーミアムの活用、プロモーション(Promotion)では生活テーマの深堀、流通(Place)では選択の場への集中、そして、これらを統合し、実行する営業組織のパワー(Power)である。

[2009.11 消費社会白書2010]