ここ1、2年はトレンドとして「下流」が注目され、年収300万円以下の生活が当たり前になる時代であるなど、いろいろと言われてきました。それが一転して、今年になって「富裕層」だと言い出した方がいて、年収5,000万円以上とか、金融資産5億円以上の層に注目せよ、ここがビジネスチャンスだと主張しています。
弊社では、毎年毎年違ったことを言うのではなくて、長年取り組んできた生活研究の蓄積から、継続性のあるものとして消費社会を捉えようと考えています。そうした観点から、70年代からの30年超のスパンでみると「下流」が注目されたのは過去15年の不況下の現象であって、景気回復下の現在の消費を牽引する層として着目すべきは、他にあるとみています。
しかし、今言われている年収5,000万円以上というような富裕層は、これは数字になりません。統計的に把握できる1,000万以上の高額納税者(推定年収3,500万円以上の層)は、全国で8万人です。その人口構成比率は政府の統計でみると0.0%です。超高額品や億単位の金融サービス関係では意味があるかもしれませんが、我々がマーケットとして捉えるには規模が小さすぎます。
収入階層について当社の定義を確認しておくと(図表1)、世帯年収300万円未満を「貧困層」、中流を上中下に分けて「中の下」が300万円から500万円未満、「中の中」が500万円以上1,000万円未満、「中の上」が1,000万円以上5,000万円未満、5,000万円以上を「富裕層」としています。「富裕層」に関して金融資産で区切る見方もありますが、金融資産は運用するとその運用益が収入に含まれてきますので、階層を捉えるにあたっては、結局は収入で区分するのが妥当だろうと考えています。それぞれの世帯構成比は(総務省統計局「家計調査 2006年」2人以上世帯集計)、「貧困層」から順に、11.4%、31.9%、43.5%、「中の上」以上が13.2%となっています。ちなみに、2006年の2人以上世帯の平均年収は642万円、そのうち勤労者世帯では平均707万円です。
| 図表1.消費リード層の交代 − 下流層・富裕層から新しい中流層へ |
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そして今、注目しているのは収入階層の中流層、その中でも「中の上」層です。
なぜ中流かというと、中流層が88%と大多数を占めていること、景気回復下、さらに中流層が増加傾向にあるからです。緩やかながら雇用者報酬が伸びて、06年の可処分所得は前年比1%増と97年以降10年ぶりの伸びとなりました。背景には景気回復による失業率の低下、企業の雇用政策が長期雇用へ転換していることなどがあります。結果として、貧困層の増加に歯止めがかかり、貧困層が底上げされます。
一方で中流層の収入階層分化が進んでいると考えられます。長期雇用化、正社員化が進んでも同時に実力主義賃金体系への移行が進んでいます。その結果、正社員の中の収入格差はある程度拡大していくものと思われ、実際に多数派の「中の中」が減少傾向にあります。
価値意識の面でも「『下』でもよい」、「がんばらなくてよい」といった「下流」志向に歯止めがかかって、上昇エネルギーが出てきている兆候がみられます。消費者調査でも「ニートやフリーターがいい」という意識が大幅に減少しているという結果が出ています。フリーターとかニートとかいくら続けていてもスキルが蓄積しない、人生が見えてこない、そういうことがはっきりしてきた。若者達も寄らば大樹の意識もありますけれども、正規雇用を目指して、戻ってきている。それから、世界で一番利益を出している会社がトヨタ自動車です。企業が人を育てていって、人作りをして、その人作りの中からしか、その会社固有の差別的なものは創り出せないのだ、そういう経営スタイルが望まれている。企業側の雇用政策の転換と、働き手の側の意識が変わり、そして雇用が回復してきた。こうしたことが価値意識に影響を与えて、「中の中」から「中の上」の「ちょいリッチ」を志向する上昇エネルギーの源泉になっているのだと思います。
図表2.収入階層の変化(世帯年収区分による)【抜粋】
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中長期の収入階層の構成がどう変わってきたのか、70年から最近までを毎年時系列で追える家計調査データを使って36年間の構成比の推移を試算してみました(図表2)。過去のデータについてはデフレータを用いて年収の階級値を現在価値に変換してみたものです。70年代前半は、現在の年収500万円以下にあたる「中の下」層が8割の時代でした。1,000万円以上が統計的には存在しない低いピラミッドの時代です。
私の世代が育った時代になりますが、みんなが貧乏で、親に勉強しろと言われて、大学行って、東京に出てきて、サラリーマンになって、中流層に入っていくというメカニズムがあった。高度成長の時代で、皆が横並びで、かつ上昇志向で、1軒ピアノを買ったら近所中の女の子のいる家がピアノを買ってしまうようなものです。運送屋が、届け先の何軒か手前の家で、「○○さんのお宅はどちらですか?」とあえて聞いたといいます。それをやると「ウチも買わなくちゃ」ということになったわけです。
80年代になって、「下」が減って、8割が中流に属する「総中流」社会になったわけです。真ん中が膨らんだタマネギ社会です。それからバブルの時代になって、不動産屋からタクシーの運転手さんまで、皆がバブルに走った。世界一のお金持ちが日本の大土地所有者である堤義明さん(西武鉄道グループの元オーナー)だった。タクシーの運転手さんが夜だけ働いて年収1,000万円という時があったそうです。高額品がどんどん売れた。当時、家電メーカーの方に聞いた話では、お金持ちが「一番高いテレビをくれ」というのですが、それが50万円、お届けにあがると20畳のリビングで2,000万円の絨毯には置けないと言われたそうです。絨毯に釣り合わないというのと、絨毯に傷がつくから上に置けないというわけです。テレビは中流のサラリーマンがつくっているわけで、お金持ちの生活に商品開発が追いつかなかった。そんな時代でした。タマネギの形から「中の上」以上が増えて、いろんな上層のタイプがいて八ヶ岳のような形になった。
そしてバブル崩壊で失われた15年ということになりました。だんだん下層が増えて、小泉(純一郎)総理の時代に、階層化が進んでいって、ピラミッド社会になった。何でこんなに階層分化が進んだか、というと、ひとつは企業の盛衰の激しさです。日本で一番高額のマンションが千代田区九段にありますが、不動産会社の話によると最上階が16億円だそうです。ほぼ即日完売です。そのほとんどが経営者だといいます。医者や弁護士の類はバブルの時に損害を被っているので買っていない。例えば外食産業で一旗揚げた人たち、失敗はしたけれど村上ファンドの村上さんやホリエモン(堀江貴文・ライブドア前代表取締役社長CEO)などの新興勢力の経営者達です。二番目は、資産運用能力による金融資産格差がついていることです。年7%の利回りで回せると、10年で倍になります。1億円が2億円になる。最近の2年で株価が150%超値上がりしていますから、そういうことを含めて階層の格差をもたらしています。
三番目が家族です。家族は階層移動に大きな影響を与えています。家族が果たした階層化の役割というのは、(ヨーゼフ・)シュンペーターという学者が着眼していて「家族が階層を維持し再生産する能力と、階層を変えていく能力を持っているのだ」ということを言っています。例えば一番上層にいる安倍(晋三)首相夫妻、夫人は森永製菓元社長のご令嬢で、「華麗なる一族」でいうところの閨閥です。階層というのは、ある意味自分が決めるものではなくて、家族が決めるものです。出身家族の階層によって教育環境が異なり、育まれる能力が違ってきます。その結果、学歴、職業・職種に影響し、収入階層が決まって、趣味や階層消費のパターンが形作られていく(図表3)。そのようにして、階層が維持、再生産されていくわけです。逆にいうと、この15年、家族の出入り、盛衰が相当にあったのだと思います。資産家は相続税が大きいから、資産だけで食っていこうとすると年7%で運用したとして10年で倍、その半分くらい税金がかかるから、相当の投資運用能力がないと家族が持っている資産を維持できない。または自分がそれ以上に稼ぐしかない。バブル期に世界一の金持ちだった堤義明さん、堤家は2代で一番上から墜ちてしまった。お金を使い出すと1代2代で潰してしまう。だから本当のお金持ちほど無駄遣いしないものだといいます。
また、どういう人と結婚するかによって階層地位が変わっていきます。女性が積極的に働ける社会になってきましたから、共働き世帯で両方ともしっかり働ける人同士、勝ち組同士が結婚したら「中の上」以上に行きます。大卒同士のカップルがだいたい10年くらい働き続けていれば、2人合わせて年収1,000万円超になることは、珍しくないわけです。勝ち組と負け組が結婚すると「中の中」に行って、負け組と負け組が結婚すると「下」に行く。かつて、社会学者の上野千鶴子さんが、「生活できない男と経済力のない女が一緒になるのが結婚だ」という定義をされていましたが、今は男が料理できないと結婚できない。生活ができて経済力のある男と、経済力がある女が一緒になると、最強のコンビになる。都心の家族向けマンションを購入している30代、40代、50代の世帯というは、こうした共働き型の世帯と、男性が圧倒的な高収入の世帯とになっています。ちなみに今、勤労者世帯の有業人員は平均約1.5人ですが、家計調査の年間収入十分位階級をみると、年収865万以上の第9分位では1.75人、1,057万円以上の第十分位では1.90人となっていることからも、共働き世帯が収入階級を上昇させていることがうかがえます。
四番目に世代交代です。この15年の企業のリストラ、実力主義の賃金への移行を50代以上は何とか乗り越えられた。この期間に新規採用が控えられて、派遣や契約社員やフリーターなどの非常用雇用が拡大して若者の下層化を促したわけですが、50代以上は残った側にいることができたというのが世代間格差の問題です。
以上申し上げたようにこれまでの15年間、企業の盛衰、個人の資産運用能力、家族の盛衰、世代交代、そういうものを通じて、階層分化が起こっていった。ピラミッド型の階層構造ができてきたのだと思います。
そして現在、冒頭に申し上げたように、雇用回復によって「下層」が底上げされています。上層の方はというと、「中の上」以上層はバブル後の95年の19.8%をピークにその構成比が下がってきています。その結果、ピラミッドから上の尖った角がとれて、下が持ち上がった三角おにぎりの形「おにぎり社会」がこれからの階層社会のイメージになろうかと思います。
日本がアメリカのようなピラミッド社会にはならないという展望をもっているのは、ホリエモンとか村上ファンドの村上さんのような突出したお金持ち、特に投資や株で儲ける人たちの存在を社会が好ましく思わないということがあります。日本はお金持ちが尊敬されない社会というのでしょうか。財界のトップに立っても目刺しを食べる、というような清貧の価値意識を、なぜか江戸・明治時代からずっと持ち続けているように思います。だからピラミッドの頂点をめざす、突出した個人が存在しにくいのだと思います。
三角おにぎりのような社会の消費を支えていくのが「中の上」層です。昨年ぐらいから消費の流れが変わってきている。その潮流を「中の上」層がリードする「趣味消費」という捉え方をしています。中心的な年代は40代50代、世代でいうと断層の世代とか新人類世代の消費が活発です。マスコミなどでは団塊の世代がよくとりあげられますが、団塊の世代は60代で、そもそもあまり消費意欲が高くありません。どちらかというとスローライフを志向する傾向が強いので、消費の牽引車としては弱い。若者でもなく、シニアでもない「中の上」層のミドルが消費リーダーとなっています。
象徴的には、07年3月にオープンした東京ミッドタウン、4月オープンの新丸ビル、いずれもテナントの展開やホテルの狙っている客層をみても、明らかに20代の若者はバイバイ、という感じです。それぞれターゲットを「Lifestyle Artist(一定水準の経済力を持ち、感度の高い都市生活を営んでいる人)」、「本物を知る大人」と言っています。先行して03年にリモデルした伊勢丹新宿店メンズ館は、まさにこの層の消費を取り込んで成功してきたわけです。成功の要因として、ターゲットの厳しい選択眼に応えるために、30人ものバイヤーがしのぎを削っているといいます。それが伊勢丹メンズ館の強さです。4月にリニューアルオープンした新宿高島屋は伊勢丹メンズ館の男女版という展開で、ちょっと上のランクの商品を品揃えしています。渋谷の西武百貨店も改装になりますし、東急ハンズも新しい方向性を模索しているようです。いずれも都心の再開発ビルや百貨店の狙いは、明らかに商品サービスのワンランクアップです。
商品選択の特徴としては、「趣味化」と言っていますが、徹底して自分の趣味やこだわり=「好き嫌いでものを選ぶ」ということです。オタク的な商品選択というのは、一点豪華主義です。ところが趣味化というのは、求めるスタイルがあって、自分の好みのテイストでカテゴリー横断的に揃えていく、そういうものです。
一方、富裕層はというと、徹底的なハイエンド、全部ハイエンドで揃えていくという点で違います。富裕層にも2タイプあって、ひとつは六本木ヒルズや元麻布ヒルズに住んでいるような人達、ちなみに六本木ヒルズのある六本木6丁目の住民は1,900人の人口のうち、4分の1が年収3,500万円以上という異能偉才の人達です。地下駐車場に行くと、マセラッティ、ランボルギーニ、フェラーリが普通の世界です。ベンツは1台もない。ものすごいコア・ハイエンドで揃えているお金持ちです。もうひとつのタイプは地方のお金持ち層で、ルイ・ヴィトンの六本木ヒルズ店や銀座のエルメスなど名の通ったブランドの一番高いものを選びます。
これに対して、「中の上」層は自分の好みにあった、ちょっとテイストのいいものを選ぶ、それが「趣味化」といっているものです。昨年のヒットドラマの「結婚できない男」(フジテレビ系・06年7月−9月期放送)で使われている小物が、見事に趣味化した「中の上」のライフスタイルに合うテイストで揃えてありました。ルームシューズにして履いていたのがシナコバのデッキシューズ1万4,000円、腕時計がジラール・ぺルゴのヴィンテージシリーズのもので値段は50万円前後です。愛用の財布はバリーのもので3万円くらいで買えます。オーディオはオンキヨー(ONKYO)で揃えていてアンプ、スピーカーとも10万円台でグッドデザイン賞も受賞した「クラシックを聴くのに最適な、そして少し贅沢な仕様の製品」(メーカーHPより)ということになっています。それから仕事に使うPCがMacのG4。どれも、最高級品ではないわけです。誰もが知っているというわけではない、玄人受けするいいもの、ちょっと上のものを揃えていました。先にあげた、ミッドタウンや伊勢丹メンズ館が狙っているのもこの路線です。
もうひとつ特徴的なのが、美術館があることです。ミッドタウンにはサントリー美術館があり、六本木ヒルズには森美術館がある。美術とか、クラシックとか、映画とか芸術系の時間消費がついてくるというのが、やはり深い趣味性の現れだと思います。単なるワンランクアップではなくて、そこにカルチャーが、エンターテイメントが求められているということが、バブル期の消費とは違っている点かもしれません。今、ラーメン屋さんが増殖していますが、麺やスープの素材、具材など凝りに凝ったさまざまなタイプのラーメン屋さんが存在しています。中国の方が日本に来て驚くことのひとつが、ラーメンがおいしいということです。そういうラーメン文化のようなものが形成されている。多様なラーメンが楽しめる、こだわりというか趣味化していくのが日本の豊かさのあり様なのではないでしょうか。商品サービスの中に、行為の中に文化とかそういうものを見いだしていこうとする、そういう消費になっているのだと思います。
2006年現在、約89%が中流層(「中の上」、「中の中」、「中の下」の合計)に属しています。三角おにぎり型の社会になっても年収300万円以上の収入階層が圧倒的多数を占める中流社会であることには変わりはありません。しかし、中流内での上下の階層移動が見られ、「中の上」の微減、「中の中」の減少、「中の下」が増加しています。そして、実際に消費支出を増やし、市場を牽引しているのは中高年層を主体とする「中の上」です。
中流の収入階層の分化が進み、市場の牽引力に着目して、「中の上」層の趣味化に対応した高付加価値政策で対応するか、寧ろ、市場の量的側面に着目して、「中の下」の収入階層に向けてコストパフォーマンスの高い低価格政策で対応するかの政策判断が迫られます。どちらがより賢明なのかは多数派である「中の中」層がどちらに牽引されるかにかかっているといえます。
「中の上」層に着目すると、生活のあらゆる領域で「趣味」を追求していくので、さまざまな商品サービス領域において、差別化のチャンスが生まれ標準品は魅力を失います。個別性の強い趣味に対応した深い商品開発と品揃えが求められます。
さらに、価値価格感度の異なる消費者へのより賢明な対応策として、価格差別化戦略があります。先頃日本マクドナルドは、都市部では値上げを、地方では値下げをする、地域ごとに異なった価格を設定する実験を始めると発表しました。より高収入の都市部の顧客層には高価格を、より低収入の地方の顧客層には低価格を提示するのです。この政策は、人件費などのコストが地域的に違うことの説明などによって顧客の理解が得られるならば異なる収入層で構成される需要に対応する、もっともうまい方法であり、製品差別化に対して価格差別化と呼ばれます。パソコンやソフトなどが収入の少ない学生により安く販売される事例が典型です。
中流が主役の市場を攻める原則は、中庸な商品サービスを中価格帯で攻めることではなく、顧客を収入階層で分けて異なった対応をすることです。
[2007.06 MNEXT]
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