I. 消費社会をどう読むか

3.時代の流れを読む

欲求水準から

1991.08 代表 松田久一

 多様化と画一化ではなく「欲求水準」(アスピレーション)で生活を捉えてみたらどうだろう。

 大昔、父親に「お前は大人になったら何になるんだ」と聞かれた記憶がある。こんな事が言える時代であり、言える自信がその時代にはあった。

 今は、こんな事が言えない。自信のない時代だ。その方が正直だという相対主義の価値観が支配する。「あなたはどんな生活をしたいんですか」という問いも厳しい。あまりに絶対的な問いだからだ。

 マーケティングは、市場の本質にある生活者とその生活を多様化と画一化というような形式論理の用語で整理しすぎたのではないだろうか。科学という名の相対主義。

 80年代が「一国不確実性の時代」なら90年代は「世界不確実性の時代」だ。このことに異論を挟む人は少ないはずだ。メリーゴーランドに乗ったような変化の毎日、保守性の心地よい涼風に身をまかせる事が世界の神髄になっている。昨日を、1時間前を追憶で楽しむことも出来る。

 ノスタルジー、追憶、保守化はきっと過渡期現象だ。

 今は、絶対的な問いに応えられなくて、疲れと不安が渦巻き、解体した家族に安心を、保守と追憶に身を託す端境期かもしれない。幼児記憶。少年記憶。少女記憶。地球記憶。もどりたい記憶にもどっていく、退行していく。不安への武器は記憶への退行しかないからだ。

 譬えてみれば、今は、日本という国が、戦後約40数年かけてやっと子供から大人になろうとしている時期かもしれない。「お前は大人になったら何になるんだ」と世界から問われている。

 「最高になりたいもの」「最高にしたい生活」という絶対的な問いから生活を捉えなおしたらどうだろう。絶対の願望を捉えた新しい生活のモデルがいる。

[1991.08 「営業力開発」 日本マーケティング研究所]