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「戦略的マーケティングの経済学」
(Economics of Strategic Marketing)の 提案
副主任研究員 菅野
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1.はじめに - 見落とされてきた、もうひとつの"手詰まり"
 マクロ経済の低迷の要因をみると、マクロレベルで見た消費と投資、とりわけ投資の停滞に求められることは、議論の余地がない。ここで単純に「政府による代替的投資=公共事業の積極的拡大」へと向かうと、1990年代の経済政策の過ちを再び繰り返すことになる。我々に今求められていることは、規模拡大志向に基づく単品・物量成長に偏重した投資ではなく、むしろ新規かつ多様な商品の創造を志向する投資である1)
 政府によるデフレ・ギャップの必要性の主張にしろ、インフレ・ターゲットなどの日銀によるデフレ脱却に向けた諸施策の要求にしろ、それらを通じて最終的に実現すべきことは、「新規かつ多様な商品の創造を志向する投資の誘発・実現」であるという考えに到達できる。
 そもそも、経済内において、新規かつ多様な商品の創造を担うのは一体誰であろうか。それは紛れもなく、財の生産・流通を担う企業と、財を購入・消費し評価する消費者である。実は、政府による財政政策の手詰まり・日銀による金融政策の手詰まりの陰で、企業と消費者の間での財と情報のフィードバック・システムの機能不全というもうひとつの"手詰まり"が、結果的に看過されてきたのではなかろうか。勿論、企業や消費者が怠慢だったわけではない。むしろ、企業がこれまでに続けてきた努力と消費者による反応の出し方(及びそれらの読み取り方)との間の、思惑の不一致または齟齬が解消しきれないまま、お互いにとって不幸な結果を招いてしまったというべきである。不幸な結果とは、新規かつ多様な商品の創造を志向する投資がなかなか誘発・実現されない、という現状そのものである。
 つまり、企業並びに消費者の思惑の不一致または齟齬がもたらす不幸は、望ましくない現状の均衡状態を維持・強化している全経済主体の期待形成の一端を担っていると考えるべきである。ならば、こうした期待形成を変更させてより望ましい均衡へ誘導するのには、政府・日銀に求められているデフレ脱却策と、企業並びに消費者の思惑の不一致ないし齟齬を解消する何らかの行動との双方が求められているのではなかろうか。

 企業と消費者の思惑の不一致ないし齟齬を解消する何らかの行動とは、何か。これこそが、マーケティングの本源的使命なのである。

2.Economics of Strategic Marketingとは : 総説
 Economics of Strategic Marketing(以下文中、戦略的マーケティングの経済学)と銘打った本シリーズの主眼は、経済学の見地から、企業と消費者の間で見受けられたもうひとつの"手詰まり"に対する批判的検討をおこなうとともに、21世紀の新しい戦略的マーケティングの展望に向けた一里塚を築くことにある。そうした展望の到達点として、戦略的マーケティングの理想像を提示することが、我々の最終目標であるといってよい。
 まず、戦略的マーケティングというものを、以下のように定義しておく。

戦略的マーケティングは、「対象顧客の好意、購買と満足を他社よりもよりうまく獲得するための製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスとその価値活動と情報を基軸とする支援システムである」〔松田(2003b)P.1より引用〕

 アメリカ・マーケティング協会が行ったマーケティングの定義2)と対比すれば明らかなように、上記定義の"他社よりもよりうまく獲得する"という部分に、戦略的マーケティングの"戦略的"というコトバの本旨が体現されている。
 これまで"他社よりもよりうまく獲得する"という評価軸に対し、既存のマーケティング及び戦略論が提示してきたものとは概ね、「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」〔松田(2003a)P.5より引用〕である。そうした原則や事例とは、「戦略的マーケティングに関わる戦略主体が、自己の直面する問題の創造的な解決の過程を通じて、自らの頭脳で理解・咀嚼しかつ付加・発展させてきた、企業の戦略や歴史などの総合的な戦略事例と組織体験をもとに収斂された戦略原則」3)である。その有効性が事例の蓄積を通じて結果的に認められたとしても、ある面で属人的・個別的性格が強く、個別的事例のいかなる要因がどのようなプロセスでどの程度結果に寄与しているのか迄は十分には扱えていない。

 既存のマーケティング及び戦略論が主として、「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」との二者間でのダイレクトなフィードバックという帰納法的アプローチに依拠したものとするならば、その代替的アプローチとして、仮説演繹的推論をベースにした理論構築と検証というプロセスを重視した戦略的マーケティングのありようを模索する余地がある。こうした代替的アプローチこそが、本シリーズのタイトルでもある「戦略的マーケティングの経済学」の視座である。
 "他社よりもよりうまく獲得する"という部分の評価軸として「戦略的マーケティングの経済学」が提示するのは、経済学(中でも、応用ミクロ経済学の1分野としての産業組織論)における理論モデルを活用した、市場における企業間での競争行動の分析とその帰結として導かれる市場均衡において実現する企業の成果の評価である。
 「戦略的マーケティングの経済学」に基づく分析に必要不可欠な要素は、概ね次の三つに整理できる。
1.消費者の効用最大化に基づいて導出される個別需要関数、並びに、その総和としての集計需要関数
2.企業の利潤最大化に基づいて導出される個別企業の供給関数
3.市場における企業間での競争行動を踏まえて決定される、市場の需給均衡価格及び数量
 このとき、マーケティングを支える製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスは、上述の需要関数及び供給関数に働きかけて企業の利潤最大化を実現するための選択変数として、経済学の理論モデルの中に取り込むことが可能となる。
 こうした考え方を敷衍させていけば、戦略的マーケティングを支える製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスは、企業の利潤最大化という目的にむけて首尾一貫した形で統合的に構築されねばならない4)。例えば、企業が利潤最大化の中間目標として一製品あたりの数量の増加に重きを置くならば、製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスは、需要と供給関数に対し数量増加をもたらす働きかけを行う方向で構築されることが望ましい。或いは、企業が利潤最大化の中間目標として一製品あたりのマージンの上昇に重きをおくならば、需要並びに供給関数に対しマージンの上昇をもたらす働きかけを行う方向で政策ミックスが構築されることが望ましいはずである。
 それでは、企業の利潤最大化という目的にむけて、首尾一貫した形で政策ミックスが統合的に構築されるためには、いかなる条件が必要となるのか。この問いにより良く答えていく上で必要不可欠なものが、経済学の理論モデルを活用しながら仮説演繹的推論に基づき命題を導出し且つ検証を加えていく、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチである。



3.Economics of Strategic Marketingがもたらす新地平
 「戦略的マーケティングの経済学」というコトバは我々の造語であり、標準的な学問体系として確立されているものではない。かといって我々は、既存の学問に対するアンチ・テーゼを出すわけではないし、既存のマーケティング及び戦略論が展開してきた「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」を悉く覆した主張を展開しようというわけでもない。「戦略的マーケティングの経済学」の目指す処とは、既存のマーケティング及び戦略論の中で明示的には語られない結果として実際の企業の戦略立案に際して見落とされてきた点や曖昧にしか取り扱われてこなかった点を、経済学の理論モデルを活用することでクリアにすることにある。では、見落とされてきた点や曖昧にしか取り扱われてこなかった点とは、一体何であろうか。
 既存のマーケティング及び戦略論を概観すると、そこには企業の目的達成にとって最も望ましい行動をとるべきであり、そうした行動には幾つかの類型が確固として存在している、という考え方が根底に横たわっているようである。これを敷衍させていけば、企業は自らが置かれた現状を踏まえて、提示された「幾つかの類型」から最も当てはまりのいいものを採用すれば良い、ということになる。このことは、既存のマーケティング及び戦略論の示す「幾つかの類型」から最も当てはまりのいいものを採用すれば、当該企業にとって最も都合の良い市場環境が実現できる、と考えているに等しい。
 そうした発想に陥ってしまうのも、既存のマーケティング及び戦略論において提示された「幾つかの類型」には往々にして、市場及び経済全体での実現・維持可能性に対する分析が欠けている傾向が、見られるからである。まずマーケティング論に関して言えば、それが本源的に孕んでいる財需要者の要望・意向への偏重の帰結として、財需要者の気まぐれに振り回され、財生産者である企業が持続的に活動を続けていくという観点に立った配慮に欠ける面がある。次に戦略論に関して言えば、戦略策定にあたって当該企業以外の企業の行動に関し静学的な想定を置いた上での当該企業の最適行動のみを考えて、当該企業以外の企業の反作用とそうした両者の行動の結果として実際の市場にいかなる結果が現れるのか、という発想が欠如しているという見方もできる。

 だが、ここでもし、全ての企業が同様の発想のもとに「幾つかの類型」から最も当てはまりのいいものを採用しあった場合に、どうなるのか。それらの企業の行動は全て実際の市場において矛盾なく実現できるのであろうか。こうした疑問に応えるには、企業の行動が惹き起こす相互作業の帰結を導き出す必要があり、そのための分析枠組として経済学における「均衡」という概念が極めて有用である。
 そこで「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチでは、戦略的マーケティングを支える製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスを企業が自ら属する市場の需要関数及び供給関数に働きかけるための選択変数と位置付けて経済学の理論モデルの中に取り込み、(経済学が依拠する公理を出発点とした)仮説演繹的推論により導かれたモデルの均衡として実現される政策ミックスを「企業の利潤最大化という目的にむけて首尾一貫した形で統合的に構築された政策ミックス」と評価する。
 また「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチと、既存のマーケティング及び戦略論が展開してきた帰納法的アプローチとは、決して相容れないものではなく、二者択一的なものではない5)。「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」が有している、理論としての頑堅性を、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチに基づく分析を通じて担保・強化していくことができる。また、「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」のレベルでは一見無関係に見える原則・事例が、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチの視座に立つと、経済学の中に存在する共通の理論モデルの枠組みに沿ってある程度は分析・理解可能ということもありえる。
 他方で、このアプローチに基づく分析の結果として首尾一貫した政策ミックスの構築に必要な諸条件が確認できたとして、現実の企業が採るべき具体的行動の策定の過程にあたっては、「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」に依拠して引き出される知見が、当該諸条件の達成にむけて必要不可欠である。更に言えば、"柳の下の二匹目のドジョウ"感覚で「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」を濫用しないためにも、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチは有益な示唆を与えるものとなる。

4.Economics of Strategic Marketing シリーズの構成
 本シリーズでは次回以降、戦略的マーケティングを支える製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)等の政策ミックスの各々に関連した形で、経済学、中でも応用ミクロ経済学の1分野としての産業組織論におけるこれまでの研究の成果等を整理しつつ、既存のマーケティング及び戦略論の分野でこれまで培われてきた「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」に関し、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチに基づき若干の分析・解釈を試みていく。

 構成の概略予定は、以下のとおりである。

(1)製品多様性の経済分析――その意義と役割
(2)価格多様性としての戦略的プライシング
(3)流通チャネル多様化への戦略的対応
(4)プロモーション多様化とその効果分析・検討
(5-1)情報財の経済分析
(5-2)商品における情報の役割
(6-1)価格に関する情報の意味付け
(6-2)情報技術進展下におけるとプライシング
(7)情報及びIT技術が流通システムに与える影響
(8)プロモーションの情報機能
(ただし現実の経済状況を踏まえて、順番等は変更される可能性がある)

 ここで、製品サービス(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)という四つの政策ミックスそれぞれに対し、我々は「多様性」と「情報」というキーワードを切り口として導入した。21世紀の新しい戦略的マーケティングを展望するうえで重要な分析視座と考えていることからである。この「多様性」と「情報」というキーワードの持つ意義についても、本シリーズを展開する過程の中で併せて伝えていくこととしたい。



1) こうした認識は既に、2002年経済財政白書でも展開・強調されているものである。
2) 「マーケティング(マネージメント)とは、個人と組織の目的を満たすような交換を生み出すために、アイデアや財やサービスの考案から、価格設定、プロモーション、そして流通に至るまでを計画し実行するプロセスである。」(フィリップ・コトラー著、恩蔵直人監修(2002)「コトラーのマーケティング・マネジメント 基本編」P.5より引用。原典は、Peter D. Bennett ed. (1995) 「Dictionary of Marketing Terms 」 2nd. editionである。)
3) 本記述のベースは、松田(2003b)のP.10における下記を踏まえてのものである。
「戦略思考ができるようになるということは、戦略主体の問題が客観的な分析のもとで定義でき、自分の頭脳を通過した企業の戦略や歴史などの総合的な戦略事例と組織体験をもとに収斂された戦略原則のもとで、創造的に問題解決案を提示できるようになることである。」
4) こうした認識スタンスは、既存のマーケティング及び戦略論の中で、決して無視されてきたわけではない。例えば嶋口(1986)では、企業の存続成長に必要な戦略課題として「需要戦略」「流通戦略」「社会戦略」「競争戦略」の四つを設定し、それらを組織的に無矛盾な形で統一化させた統合市場戦略の策定の必要性を説いている。
勿論、この四つの戦略課題は、戦略的マーケティングを支える政策ミックスとは厳密には一致していない。だが企業行動の全体最適を目指すという意味では、四つの戦略課題を組織的に無矛盾な形で統一化させた統合市場戦略の姿は、企業の利潤最大化という目的にむけて首尾一貫した形で統合的に構築された政策ミックスの姿と本質的には似通っていると思われる。とりわけ、経済学において社会厚生を最大化するという制約の下で、企業の利潤最大化という目的にむけて首尾一貫した形で政策ミックスを統合的に構築していく場合には、「需要戦略」「流通戦略」「社会戦略」「競争戦略」の四つを組織的に無矛盾な形で統一化させる統合市場戦略の策定と、理論構造としては一致することになる。このとき、「経済学において社会厚生を最大化するという制約」が、嶋口氏の統合市場戦略における「社会戦略」の部分と符合することになる。
5) このことは決して、「戦略的マーケティングの経済学」のアプローチと、既存のマーケティング及び戦略論が展開してきた「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」との安易な折衷的見解を展開する、ということを意味するものではない。
現状ではまだまだ整理できていないが、将来的には両アプローチとも、共通の論理的思考の枠組みで理解・認識が可能になると、筆者は考えている。というのも、「戦略を創造するための幾つかの原則とその原則を裏付ける事例」の根底には必ず、(長い風説に耐え残り蓄積されてきたなりの)合理性に裏打ちされた強固な論理が存在しているはずであり、そうした合理性に裏打ちされた強固な論理は経済学のロジックとの親和性も高いと確信されるからである。




【参考文献】
内閣府(2002)「平成14年版 経済財政白書-改革なくして成長なしII-」
フィリップ・コトラー著、恩蔵直人監修(2002)「コトラーのマーケティング・マネジメント 基本編」 (原題:A Framework for Marketing Managemant) ピアソン・エデュケーション社
松田久一(2003a)『序章 戦略的思考を鍛えるには』 : 松田久一他著「戦略思考を鍛える2003」JMR生活総合研究所
松田久一(2003b)「消費社会の戦略的マーケティング」序章 JMR生活総合研究所
嶋口充輝(1986)「統合マーケティング-豊饒時代の市場志向経営-」日本経済新聞社



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